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茶山マンガ「白川老公の二巵(にし)を恵むに謝して奉る」

茶山マンガ 「奉謝白川老公惠二巵」 

【漢詩「白川老公の二巵(にし)を恵むに謝して奉る」(『黄葉夕陽村舎詩』遺稿巻3)】

〔原文〕                            〔訓読〕
「奉謝白川老公恵二巵」    「白川老公の二巵(にし)を恵むに謝して奉る」 
描花貌鳥一雙巵                花を描き 鳥を貌(かたど)る 一雙(いっそう)の巵(し)
不用行吟尋酒資                用いず 行吟の酒資(しゅし)を尋ぬるに
卻憶曾陪公讌日                卻憶(きゃくおく)す 曾(かつ)て公の讌(えん)に陪(したが)う日
為吾手自折梅枝                吾が為に 手自ら梅枝を折る

〔意訳〕
「松平定信公に一対の杯をいただいたことに感謝して,詩を差し上げる」
花を描いた杯と,鳥文様の一対の杯(さかずき)
詩を吟(ぎん)じる時にこの杯を使うには,もったいない宝物だ。
これを見ていると蘇(よみがえ)ってくる。あの日、定信公に浴恩園(よくおんえん)の宴に呼んでいただき、
私のために、自ら梅の枝を折って、私にくださったことを。

 

※【一対の磁杯】
この漢詩を詠んだ文政6年(1823)に,松平定信から2点の磁器の杯が贈られている。
詩の通り,桜の花が描かれた杯と鳥文様がある白い杯の一対の杯。
光を当てると,向こうが透けて見えるほど薄い。
熟練の技術で作られた良品。
磁杯
「磁盃」(江戸時代)(当館寄託資料)

※【浴恩園(よくおんえん)
現在の東京都中央区築地にあった中央卸売市場跡地にあった白河藩下屋敷の庭園。
文政12年(1829)に起きた江戸の大火事で焼失した。
大きな池には海水が引き入れられ,周りには四季折々の木や花が植えられ,回遊して愛でることができた。
浴恩園図(全体)
重要文化財「浴恩園図並詩歌巻「浴恩園図」」(文政7年[1824])
浴恩園の位置(地図)
浴恩園の位置


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