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『教育沿革史』調査報告書写

【サイズ】
本紙 25.3cm×17.0cm,仮綴

【解 説】
〇明治16年(1883),文部省(現在の文部科学省)は学制の発布以前の藩校,家塾,寺子屋等の教育施設について全国一斉調査(『教育沿革史』調査)を行った。対象となった教育施設では各自調査項目について回答し,その結果をまとめたものが,明治23~25年(1890~92)に出版された『日本教育史資料』全25巻である。

〇ここで紹介する資料は,菅家と廉塾を継いだ晋賢(しんけん)が作成・回答した,その調査に対する回答書の写しである(回答書の正本は文部省に提出した。)。

〇全14項目のうち,1ページ目の調査項目とその回答は次のとおり。

1名称
 黄葉夕陽村舎(こうようせきようそんしゃ)と号し,廉塾(れんじゅく)と称した

2所在地
 備後国安那郡神辺川北村

3塾主氏名
 天明~文政10年(1781~1827) 菅晋帥(ときのり)(茶山)
 天保~安政6年(1829~1859) 菅惟縄(いじょう)(三郎)
 慶応~明治5年(1865~1872) 菅晋賢

4学科
 漢学,朱子学,詩文

5教師数
  1名

〇「黄葉夕陽村舎ト号シ廉塾ト称ス」とか,「塾主」は「天明年間ヨリ文政十年迠ハ菅晋帥」と記されていることから,この資料は菅茶山や廉塾の研究において長きにわたり「私塾である黄葉夕陽村舎を天明初年(1781)頃に開いた」という学説の根拠となってきた。

〇現在では,当館で研究を進めた結果,寛政2年(1790)に「黄葉夕陽村舎」が建設され,翌寛政3年(1791)に私塾が開かれたことが判明した。歴史は資料の研究によって書き換えられるのである。

〇なお,菅家に伝わった資料を「黄葉夕陽文庫資料」といい,そのうちの5,369点が国の重要文化財「菅茶山関係資料」に指定されている。

【参考文献】
『日本教育史資料』文部省編(1903年)

画像左画像右
右:1頁,左:6頁

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