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来館のお客様との時間

令和元年度】 お客様と過ごすひととき・・・・・「平成30年度」平成29年度」 「「平成28年度」 「平成27年度」 
いつごろ  どのような
11月初旬 再び英国から御夫婦
奥様は日本人。当方とほぼ同年代とお見受けしました。初めにラグビーの決勝戦のことを話題にすると感情を込めて残念がるとともに日本チームの健闘を讃えていました。
あまりにも日本の歴史に関心が高くアカデミックな関係ですかと思わず尋ねてしまいましたが,そうではなく強い関心があって勉強していると教えてくれました。(こういう場合でもjust a student といえることを学びました。)
いつもの流れで,「日本外史」の概要に触れていると,司馬遷のことを引き合いに出してこられました。幽閉の間に研究した書物の中にあったと思いますが,怪しいことを答えるわけにもいかず流しました。それにしてもすっとスマホでその記述を示すという手際にも感心します。続けて山陽が旅をしたルートを示す地図を前にしての会話でしばらく時間が流れました。山陽がこのような長い旅をしたのはいつごろ?その旅の前と後では彼の考えや作品に何か違いがみられますか?などというかなり深入りした好奇心を示していましたが,あいにくそれに答える技量や知見を持ち合わせていない当方でした。旅先で様々な芸術家,文筆家との交流を深めたといわれていますよ,というきっかけから水墨画には北のスタイルと南のスタイルがあるそうですね,山陽の時代の絵画は・・・,とまたも深い疑問を投げかけてきました。そういう関心にふさわしい山水画の展示に案内することができましたが,すぐに詳しい解説ができるわけでもなくそのあとは静かな鑑賞の時間にしていただきました。ただ山水画展の鑑賞に1時間以上も滞在していたところを見るとただのフリークじゃないと思った次第です。
途中で評価シートのお願いをすると快く承諾していただきましたが,夕方メールに添付してきました。「展示に圧倒されるほど感動し,つい評価シートをお出しするのを忘れていました。」と丁寧な言葉が添えられていました。
10月下旬 ◇米国からの3人連れ
昼前に女性お二人と若い男性おひとりのグループが来館しました。山水画の展示に見入っているのを確かめてからお声をかけてみると,女性お二人は若いころ京都へ留学経験があり,このたび久しぶりの再会であること,おひとりの女性は大学で日本史を教えていること,時に学生を日本への旅行に引率することなどを教えていただきました。
山水画は予想外に関心が高いようで,’ゴージャス!’などと感想を漏らしているのが聞こえます。山中の庵というべきか隠遁する小さな住まいが描かれていることにも注目したり,スケールの大きな屏風のモノクロの世界がいたく気に入ったようです。展示している絵は半分が描写的なもの,ほかの半分は想像の世界だという少々生半可な説明を添えましたが,それよりはそれぞれにユートピアの世界を描いたものだといわれています,ということはしっかり伝わったようです。若い男性は女性のどちらかの御子息とお見受けしましたが,なんとスマホの画像を見せながら「私の家でもこの掛け軸を飾っているんですよ。」と教えていただきました。アンケートにしっかり記入していただいたのもうれしい展開でした。
せっかくだからと隣の小学校に付属の平和資料館まで一緒に歩いて御案内しました。
10月中旬 連合王国イングランドからの青年。
朝,庭園でお見かけしそのまま館内に案内しました。物静かな話しぶりのおかげで心地よく接することができました。本題よりも周辺事情に関心のある当方としてはお気に障らない程度に断片的情報の収集に努めています。すこし聞き間違えている心配もありますが,なぜかインドネシアで工学を学んでいる,京都に友人がいるのでこの後,京都に向かうことなどを知りました。英国の方にしては比較的独特の発音は抑えられている感じがします。お国はいまEUとの関係で大変でしょうと複雑な話題を向けますと,両親がロシア人ですからいざとなればそちらに移りますよ,と笑っていました。館から見送る場面で,ラグビーワールドカップでイングランドがいよいよ決勝戦ですね,と話を向けますと,しばらく新しいニュースから遠ざかっていますしそれほど関心はないのですよ,というお答えです。単純に一般化すべきではないということでしょうか。
10月初旬 豪州ブリスベンからの女性
聞き覚えのある都市名だと記憶をたどると,あの大規模農場経営の御夫婦がおいでになったところかと思い当たりました。ガイダンスルームでの当方の対応もいささか遠慮が後退しているということも意識しつつ,およそ同年配かと想像しながらフレンドリーに接したつもりです。日本は初めてだけれど旅先の歴史にはいつも関心があるんですよ,と真剣に耳を傾けてくれました。横文字の解説パネルを前にして,幕末に日本外史の及ぼした影響という展開になると,維新後の政府を表記する文字に目が留まり,「あら,この名前はお菓子のメーカーとして見たことがあるわね。」という思いがけないひとことに一緒に声を出して笑ってしまう場面がありました。山陽が九州を旅したルートを示す地図を見ているうちに,あるきっかけから昨今の高等教育への進学事情の話題に移り,学費のこと,進学時の競争率のこと,若者の就職事情,高齢者が職にしがみつく傾向が強いこと,さらには同じ問題が近隣アジアの隣国ではどうであるか,などなどいくらで話したりないという様子で時間のたつのを忘れてしまいそうなひと時でした。今回は夫を自国において旅しているけれど,次は一緒に連れて来ようかしら,とにこやかな表情で当館を後になさいました。
9月下旬

◇テヘラン平和博物館から女性スタッフ
定期的に当資料館とつながりのある方を通じて紹介されたというイランからのお客さんを迎えました。もちろん当資料館でお聞きする国名としては記念すべき初めてのケースです。ちょうど定例の小グループの集まりがありその中で紹介され,同時に次々と質問も受ける場面がありました。イランと日本はこれまで友好関係を築いていること,ただ現在,日本人がイランを旅行するとその後米国への入国はスムーズにはいかないことなどが話題になりました。
広島の平和資料館とのつながりもあるようで,いただいた日本語版リーフレットには折鶴が博物館のホールに展示されている写真も掲載されていました。日頃,テレビを通じての情報しか得ていないことを考えると実際にその国の人と対面し,短い時間でも言葉を交わすことはそれ自体に大きな意味があると思います。
いただいたリーフレットから一部分を引用します。「平和とは単に諸国間同士の争いがないという意味ではありません。真の平和は人間の内部,心の持ち方に起因しているのです。(中略)まず自己の心の中から平和を生み出す努力をすることが必要です。」

9月初旬 ◇ドイツから女性一人旅
当資料館の常連米国人のつてで訪ねてきた一人旅の女性は,ドイツからと分かりました。踏み込んだことを聞いても答えてくれそうな雰囲気に乗じていろいろと質問を続けてみました。ドイツのボンで大学病院勤務の歯科医師ということです。旅程をお尋ねすると,来日の前は韓国に10日滞在し農業体験などをしながら各地をめぐったこと,広島には4日間滞在し,ゲストハウスに宿泊しているが前記の'Couch Surfing'も探していること,韓国の旅行事情と日本のそれとを比較して云々,ということにまで及びました。知的な若き女性医師という感じで,控えめな態度がどことなく日本人と共通するものを感じてしまいました。
しばらくして合流したある年配者からは,「そういえばかつては日本の大学でも哲学の授業はドイツ語でやっていたことがあるんですよ。その理由は・・・。」と思いがけなく盛り上がる場面もありました。ドイツの人で日本に旅行で訪れる方は多いのですかとたずねますと,これまでドイツ人旅行者と接したことはありませんが,周りの旅行者ではフランス人が多いですね,と笑っていました。
9月初旬

◇中南米から男性3人
現代刀展の最終日である日曜日。夕方には外国から高校生団体も来館予定でした。ロビーの様子を入口付近で眺めてから入ってきたのを確かめてお声をかけてみました。いつものようにお国をたずねて思わず興奮したのは私のほうでした。「エクアドル・アルゼンチン・コロンビア」と聞き間違うことのないようにはっきりと答えてくれました。日本語ではどのように発音しますか,とその発音の差自体を楽しむやりとりもありました。地理関係が浮かばないもどかしさがありましたが,食い下がるとすれば隣国ベネズエラとその関係のことをたずねてみたかったとも思います。
展示室に案内し,頼山陽の特筆すべき業績を紹介しますと熱心に耳を傾けてくれました。江戸時代はつまりサムライ政府のことですが,想像できますか?とたずねますと,「ラストサムライを見たよ。あの雰囲気でしょう。」という当方にすると初めての面白い回答です。歴史的に正しいとは言えませんが,あのサムライですと流すしかありません。その江戸時代が新しい明治時代に移り変わる節目で頼山陽が大きな影響を及ぼしたといわれているという説明を,英文パネルを活用して伝えることができたと思います。
現代刀の展示を紹介し基本的なことだけは説明ができました。彼らの背景をもっとたずねるべきだったのですが
不思議なくらい熱心に展示作品も,ロビーで流している刀剣の製作過程の説明も食い入るように見入っていました。団体対応を優先して彼らを後回しにしてしまいましたが,もっとじっくり彼らの事情や3人の関係,旅行に関することを聞くべきだったと今でも思います。

8月中旬 ◇豪州シドニーから
男性一人旅は豪州シドニーからとわかりました。日本のあちこちを旅しているらしく,四方山話には事欠かない,という様子です。とりわけ京都に大挙して集まる外国人旅行者の作り出す弊害については不満を露骨に表現していました。理由はよく理解しなかったのですが,福山でレンタカーを借りて広島までドライブしてきたこと,数日滞在して東京に戻ることなどを話してくれました。東洋の歴史には神秘的な所があって興味をひかれる,日本刀はさらに不思議な魅力があると思うなどと率直な感想をお聞きしました。数か月前に訪れたあの豪州の大農場の経営者のように,もしかすると聞き込んだら面白い背景を持つ方かもしれないと後になって思った次第です。
7月末 ◇英国マンチェスターからの3人家族
  昼ごろ,3人連れの御家族が来館しました。ガイダンスの部屋では熱心に当方の話に耳を傾け,質問も返してくれました。日本外史が翻訳出版されたことに始まり,明治維新につながる影響力を持ったことに及びました。今年設置した明治維新と頼山陽との関係を英訳したパネルをいつものように活用することでそのエッセンスをお伝えできた気がします。
7月初め ◇大学生2組
<フランスから>
  前後して大学生二組をお迎えしました。初めはフランスからという女性の一人旅です。ひと月の予定で日本国内を巡っているとこのことでした。些末なことながら,費用や長期間に及ぶ旅行が許される背景を考えてしまいました。全期間かどうかはともかく,広島では'Couch Surfing'という,車でいうならヒッチハイクに相当する宿泊,つまり
一般家庭のベッドやソファなどを無償で借りる方法を利用しているらしいことがわかりました。ちょうど同じころ,
お世話になっている米国人が,自らそういう場を自分の家庭で提供していることを聞いたばかりでした。なるほど,世の中は進化しています。フランスと聞いてすぐ連想したのはテレビのニュースで騒がれていた街頭の抗議デモでした。長期にわたって,しかも激しさを増す状況だということだけを知っていましたので,こんなニュースが日本でも流れていますが,実際はどうなのですか,とお尋ねすると,私の先生も毎週土曜日になると参加しているみたいですよ,と笑っていたのが印象的でした。国民性を垣間見た気がします。

<メキシコから>
さらに今度は男女の組み合わせの大学生。メキシコからとのことです。数年前に来館したメキシコ人も関西の大学に留学中の大学生だったと思い出した。不思議な偶然です。流ちょうな英語を操るので,大学進学には必須ですか,とたずねますと,必ずしもすべての場合にそうだというわけではありません。学校の早い段階から学ぶ割には使わなくなる人も多いと話してくれました。生半可な耳知識が浮かび,米国との関係で難しくなったことがあるのではないですか,と問うと,彼らの知る限りでは落ち着いているということです。ただ,メキシコの国内でいわゆる南北問題に類した状況があること,英語を話せない人も実際に米国に移り住んでテキサスなどではスペイン語圏の町ができているから言葉で不自由はしないことなどまで話してくれました。

6月

◇連合王国から相次いでおふたり
昼ごろ,ロビーの地図を真剣に御覧になっている外国からのお客さんが目に留まりました。しばらくしてお声をかけてみました。日常的な日本語にはさしあたり困らないということがわかり少しこだわってお聞きしてみました。英国人とお聞きしましたが英国アクセントがあまり強くありませんね,と失礼を顧みずお尋ねすると,どちらかというと米国人と話すことが多いからですかね,と笑いながら,さらに,広島滞在1年で語学教師とおしえていただきました。これでも本来の私の話し方に比べると,ちょっとだけゆっくり話すようになったのですよ,とも。ただまもなく関西に移り住むそうで広島での残りの時間を楽しむとお話してくれました。絵画,書の雰囲気が気に入っているらしくじっくり御覧になっていました。
 同日数時間後,さらに別の男性外国人来館者です。絵画の展示をゆっくり見ておられるのを確かめしばらくしてから声を掛けました。自然と教えていただいたのは,ロンドンにある金融関係の日本企業に勤めておられるとのこと,もちろん日本人スタッフもいるがやり取りは英語であること,広島に4日程度滞在しその後関西・東京と移動することなどです。
  頼山陽のプロフィールに関心を示しいることを確かめたうえで,デイビッドヒュームに言及すると即座に反応してくれたことに久々の心地よさを覚えた当方でした。そういえばお国の最大の関心事はブレグジットでしたね,と政治的話題を切り出すと,このごろは年配者の影響力が弱くなっていましてね,と困ったような反応がうかがえました。図らずも英国と日本はいろいろな意味で共通点があり似ていますよね,という感想も加えておられました。同じ日に数時間を置いて同国の二人とお話しするという本日はUKデーでした。

5月 ◇米国アリゾナからの専門家 
 静かな朝,受付で滑らかな日本語で話す外国からのお客さんの姿がありました。研究のため,という言葉が聞こえたがとりあえず問題はなさそうだとすぐに出向かずにいた。せっかくだからと好奇心からガイダンスの説明パネルをじっくり読んでいるところへ遠慮がちにお声をかけてみました。結果として驚きの展開となりました。
 米国の大学で日本文学,とりわけ漢文による文学を研究対象にしていること,その中で現在は頼山陽の日本外史の英語による完訳を目指していることを教えていただきました。これほど直球のお客様とお話しする機会があろうとは思ってもみませんでした。限られた中で多くのことを紹介していただきました。印象深いのは,ボストン美術館に頼山陽の名が刻まれているという当方からの何気ない話題に,この方がその謎を解く文書を入手しているという劇的な展開がありました。時に不思議なことと思ってしまいますが,国を問わず研究者の中では頼山陽の,そして日本外史の評価はかなり高いということを知ることとなりました。頼山陽が,そして日本外史が明治維新に計り知れない影響を及ぼしたという認識が浸透していることも改めて知りました。
 日本外史のロシア語訳,広東語訳,フランス語訳のことも話題になりました。さらには,頼山陽が生前に,中国のある文人と10年にわたって書簡による交流をしていたこと,などなど実に盛りだくさんになり当方の吸収力が危うくなりました。最近,ある場で読み進めている東アジアの歴史に関する論文で頼山陽にまつわる詳細な歴史や背景が紹介されていることを話題にしますと,この筆者は第一人者とも目される人物で,このお客様もよく知っている研究だということでした。
 ふと思い出したのは,ある国際政治学の専門家が当資料館に関して言われた言葉です。
「この資料館は地方の博物館にとどまるのではなく,日本を代表する博物館なのです。」
4月中旬 ◇香港からのお客さま
 受付で確認したことが伝わってきましたので,案内を申し出ました。働き盛りと見える御夫婦でガイダンスの部屋では一つ一つに関心が強いことがよくわかるお客様でした。やり取りの途中で何気なくお尋ねしますと奥様は
中等学校で歴史を教えているとのことで,なるほどと思った次第です。うまく深入りすることもできませんが主としてアジアを中心とする20世紀の動きですね,というお答えだったと思います。そういえばあの国で歴史がどのように学校で取り扱われているか,腰を据えて聞いてみたい気がします。頼山陽の書物に関すること,上海でも出版されたことなどいつもの流れで進み,漢詩の掛軸の前で立ち止まり,じっくり読んでいただきました。鞭聲粛々の詩を朗詠ではないが字句を追って詠んでいただくと,「大牙」の語句に引っかかりましたた。解説から引用し,こういう意味のようです,とお返ししますが,どうも腑に落ちないという反応で,これは中国語の感覚では歯か動物の牙にしか読めませんねえ,と御夫婦で一致した見解が返ってきました。『比喩』表現だろう考えられますが,その後,日本語と中国語で同じ語句を使いながら意味が異なる例がいくつもあるそうですねという話題でしばし盛り上がりました。よく聞く「手紙」は中国語ではトイレの紙を意味するとき「厠紙」です。「抹手紙」でペーパータオルを示すことはあります。だからあなたの理解は・・・ということで収まりました。ほかにもいくつか取り上げてしばし談笑が続きました。こういう時間は平和でいいと実感します。
4月上旬 ◇カナダの西海岸から
 昼ごろ,女性一人のお客さんが現れました。遠慮なくお尋ねしますと,カナダの西海岸からで中等学校の生徒80人を引率してきており,生徒は今,平和資料館にいること,他に生徒の保護者8人もいるので少し自分で近所を歩いている,ということでした。時間的に余裕がなさそうでしたので,いつものルーチンは省きましたが中国風の庭園や,ダウンタウンの中の佇まいを気に入っていただいた様子でした。いつものようにお隣の袋町小学校の平和資料館を紹介して見送りました。

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