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来館のお客様との時間

【平成30年度】 お客様と過ごすひととき・・・・・「平成29年度」 「「平成28年度」 「平成27年度」 
いつごろ  どのような
9月中旬 ◇豪州ブリスベインからの御夫婦 
 昼食時間に入ったころ,年配の御夫婦が来館されました。前回のシドニーに続けて再度豪州からです。ガイダンスの部屋でひととおり頼山陽のプロフィールを紹介しますと,現在,彼の業績評価はどうなのですか,という問いがあり,学芸員から聞きかじっていたことが役に立ちました。いずれにしても,入植の歴史が18世紀に始まった国から見ると日本の長い歴史とその文化は,興味がわく対象だということです。断片的に話題を列挙しますと,
・日本の変化に富む自然風景は豪州では見られない美しさがあること,シドニーからのお客さんも豪州は見渡す限りの平野が続き,たまに低い丘が見られる様子と対照的だと感嘆していたことをお伝えしますと,全く同感だという反応でした。
・何の契機からか御夫婦のお仕事を知ることとなりました。お二人それぞれのスマートフォンに納めていた動画や画像をうまく活用して,あたかもTVのドキュメンタリー番組にふさわしい内容と展開でした。話題が多すぎてで吸収しきれません。
・もう引退しているが,農場を経営していること,主な作物は綿花,小麦,大豆,トウモロコシ,インゲンなどの野菜類,変わったものでは(聞き間違いでなければ)コウリャンもあると話しながら広大な畑や収穫風景の写真を見せていただきました。
・なにより,そのスケールが尋常ではありません。聞いた端から頭に収納しきれない情報量です。例えば,綿花が200ヘクタール,小麦が250ヘクタールという内容です。こういう時のためなのか動画を再生して見せてくださいました。収穫用の機械は目的別にあり,運搬用大型トラックを伴うこと,綿花はこういう花ですよ。収穫するとこういう形で丸めます。これは肥料を撒く機械,これは雑草を備え付けのカメラで見つけながらピンポイントで除草剤を吹き付ける機械,小麦などは殺虫剤を小型飛行機で散布するができるだけ化学薬品は使わないようにしている,などなど。
・飛行機がよく話題になるので,いったい全部で何機あるんですか,と問いますと,5機だという回答です。10人乗りはいわば旅客用,2人乗りのレジャー用,それ以外に農業用ということでしょう。自動車代わりに飛行機を使う,という感覚です。さらに桁外れに話が続きます。いちばん近い町は25キロ,お隣の家は4キロ離れていること,子どもの学校はバスが巡回していること,インターネット用のワイファイは,飛行機の格納庫に大きなアンテナを立てて町からの電波を中継して利用している。このほうが衛星からの電波よりはるかに速いこと,などなど。
・さらには,年間降雨量はせいぜい400ミリ程度だが,多い地域でも年間1000ミリくらいであること,しかしつい最近,近くの川で洪水が起きて氾濫した水に家が数日間取り囲まれたこと,日本の三陸沖の津波も広島の豪雨被害も豪州でニュースで聞いて知っていること,三原市も訪ねてきたことなども教えていただきました。
 気取った風が全くなく,久々に1時間を超えて異次元の話題を楽しむことができました。
9月初旬 ◇シドニー西部からの男性
 中高年男性おひとりの旅行者とお見受けし,お声をかけてみました。いったんロビーのイスに受け取った当館の案内資料を一面に広げどれから拾い上げようかと考えている場面でした。少々不躾を感じながらでしたが,愛想の良いお客様で助かりました。展示の簡単な御案内をしますよ,と申し出ますと相好を崩して歓迎してくれました。握手しながらお名前を名乗り双方の名前を交換することになりました。ときどきこのような展開になります。どのように類型化できるかは未だに不明です。ただ何となく似たようなタイプの方が同様の態度で接してくる感じがします。「似たようなタイプ」がどういうものであるかはとりあえず追求しません。
 ガイダンスの部屋でひととおりのことを紹介しますとまじめに耳を傾けてくださいました。広島滞在は二日間だが,日本滞在は10日間の予定で,東京・京都を訪ねてきた。日本は先進テクノロジーの国であり,京都に見られる深い伝統文化を大切に守っている国であり,その上富士山のような雄大な自然もある。その点,私の住んでいるあたりは一面の平らな土地が広がり山といってもいくつか丘が見られる程度だ。などなど,賞賛に熱が入るのを感じました。宮島は明日の予定ということでしたが,宮島に焦点化した展示を真剣に御覧になっていました。その中で帆船を精密に描いた画がありいかにも感動しながら見入っていました。「ほお,ダッチシップ(蘭船)だね。よく描いているねえ。」という様子です。もちろん当方は初耳の言葉です。新しい国であるオーストラリアの人だからこそ神秘的で長い歴史と伝統のあるこの国に関心が高まるのでしょうか。
 それにしても久々に耳にする強烈な豪州弁です。彼が気持ちを入れて話すほどに私の耳がついて行っていないという情けない事態でした。こういう時はこちらから矢継ぎ早に短い問いかけを続けることでコミュニケーションが保てるという学習も重ねています。
8月中旬 ◇スロバキアからの男性
 ちょうど受付付近にいる時,若い男性と一見保護者のような女性がいらっしゃいました。男性が大学生という申告でした。どちらの大学ですか?と口にする前にこちらの気持ちが伝わったかのように関東にある大学の名を挙げてくださいました。現在は同行の女性が広島県内の大学で指導を担当していることも教えてくださいました。その指導を仰ぎながら,林文子をテーマに博士論文に取り組んでいるということです。もちろん日本語も何の抵抗もなさそうにお聞きしました。
 それ以上にかかわりを持つことはしませんでしたが,知る機会がなかったとはいえ,同じ県内に日本の歴史を研究するロシア人,日本文学を探究する若きスロバキア人,母国で薬剤師の資格を得て広島でその活用の仕方を考えているスペイン人女性など,知りえたのはまだごく一部にしても多彩多様な外国の方が,なんと深く日本との関わりをもっていることかと驚きます。
 いわゆる’観光’とは別の視点で考えるべき分野がある気がします。
7月上旬 ◇中国人夫妻
 言葉で困っている様子はないので案内の必要はなさそうと思ってみていました。ほどなく声がかかり一緒に時間を過ごしました。日常的なことばに心配はないものの,展示や山陽の概要説明をしてもらうとありがたいという意向でした。すぐに感じ取るのは展示に対する関心の高さです。何となく直感して,大学などで日本の歴史を研究されている方ですか,と問いますと,文学を研究していますとのお答えでした。19世紀の文学・比較文学と浮かびましたが,あまり詳細に立ち入ることはしませんでした。日本の大学で同様の研究をなさっている中国人の学者ともつながりがあることがわかりました。お話の中でその学者の方が,実際に耶馬渓を訪問し,その話をこの御夫妻になさったことがある,ということです。「造詣が深い」「関心が高い」という点では,国籍は関係ないと改めて思った次第です。また,「泊天草洋」の漢詩を前に表面的なことを紹介していますと,この御夫妻も実際に天草に行ってきましたというお答えがあり,さらに驚きました。母梅颸の詳細な日誌に基づいて,当時の料理を再現した写真ですと紹介しますと,説明文を熱心に読んでいる姿がありました。
 「日本外史」の木版本を前にいつもの紹介をしていますと,頼山陽も日本外史も中国では,多分知識人の間ではかなり知られていますと教えていただきました。19世紀後半に日本外史が上海でよく読まれたことも有名ですし,日本では明治になって言文一致への動きが顕著になりましたが,同じ時代の中国の関係者がそのことを学ぶために日本を訪れ,中国でも同様の変革が始まったのですという,意外なことも教えていただきました。
マスコミ報道で知る中国の話題はおよそ断片的であり,政治的な動きのことが多いのですが,それに比べてこうして目の前で日本文化をかなり深く理解し語ることのできる方に接すると,ただただ頭の下がる思いがします。ふと,中国から1年間の予定で来日した高校生の留学生が,あるとき,日本の古今和歌集の1首を引き合いに出して日本文化のすばらしさを日本人生徒の前で語った姿を思い出しました。
7月上旬 ◇ロシア人男性
ロシアからのお客様です,という受付の声を受けておせっかいを申し出ました。勝手に推測したところでは,どうも普通の旅行者ではなさそうだと思い,背景をたずねますと,この近くにあるホテルに泊まっているんだが,広島で会議があってね。今の時間は自由になる時間だからホテルの近所を歩いているんですよ。と話してくれました。ロシアからのお客様は,覚えている限りでは初めてです,と感動した気持ちを伝えようとしましたがあまり意に介しているようには見えません。ガイダンスの部屋で頼山陽のプロフィールを紹介しながら,ふと思い出して,「ロシアの人はテレビで見聞きすると早口で話す人が多い気がします。よくテレビで見るあの首長もそうですよ。」と会話をつなぐために遠慮せずにたずねました。すると,必ずしもそうとは言えません。個人によるのではないですか。早い人もいるし遅い人もいます。国を代表するあの人もそんなに早口なほうではありませんよ。」という反応でした。
終わりごろになって,ある種の直感から,大学の先生ではないですか,と尋ねると肯定の返事が返ってきました。同時に物理学の専門家だということもわかりました。科学者ですか,と反復すると,科学は結局芸術・歴史・文学などいろいろな分野に関わりがあるんですよね,という意味のことを笑いながら付け加えてくれました。なるほど,科学史や哲学史の世界だな,と思った次第です。
7月上旬 ◇スペイン人女性(広島在住)
お話しすると日本語には全く不自由していないスペイン出身の女性とわかりました。母国では医療関係の仕事に従事していましたが,日本で通用する国家資格にはならないので,最近はその方面で通訳ボランティアを始めているということでした。そのような重要なお仕事が無報酬であることに疑問を感じますが,それ以上に口をはさめることでもありません。
そもそもは近日中に知人が来るのですが,この資料館でお茶会の体験はできないだろうか,という問い合わせが始まりでした。その後実際に来てみたということでした。初めてここに入りますが素敵な場所だと繰り返し感嘆してくれたのがうれしい限りです。この機会にと,被爆樹木のこと,月例のお茶会のこと,盛り上がっていたワールドカップのことなどを話題にしました。
6月末 ◇北アイルランドから
 庭園に15人から20人ほどの団体が入ってきたのが見えて,せっかくだからとこちらからお声をかけてみました。
ノザンアイランドと聞いたつもりで,はてとすぐには判断つかないままでした。が,後に続く話からノザンアイヤランド,つまり北アイルランドと納得しました。
お国のことにもっとこだわりたかったにもかかわらず,当方の反射神経があまりにも鈍かったのが悔やまれます。
この後の予定もあるので,ということで立ち話だけで終わったのが残念です。十数人の高校生らしき青年たちと,男性ばかりの集団でした。まっすぐ被爆樹木を目指して入ってきたようすで三々五々写真を写していました。
ひとしきり被爆樹木の生命力が話題になりました。年齢の高い数人の男性が引率教員と思われます。主にお話の相手になった男性は,庭園の手水鉢や竹を編んで作った庭の垣根が気に入ったようです。茶室前の芭蕉の木もジャパニーズバナナと紹介すると関心を示していました。自分でも庭園造りを楽しんでいて,この庭園はその視点からも素晴らしいと感嘆したようすでした。この後お城を目指すと話していました。ガイドは同行せずツアー参加者だけで行動していた彼らが,その行程に当資料館の被爆樹木を訪ねるという予定があらかじめ入っていることをありがたいと思うと同時に,そのきっかけや理由などをもっと掘り下げるべきでした。
4月 ◇豪州パースからの女性
 一人の来館者がすんなり受付をされていましたが気になってお話しを伺うと,母親が日本人であり日常の日本語は話せるが読むのは無理ということでした。展示の紹介をしながらもお尋ねすると,仕事を替わるために建築を学んでいること,日本の古い建築物や様式に関心があること,そういう目で旧日銀の建物をすでに見てきたことなどを話してくれました。話しぶりが控えめな感じであることが印象的でした。パースは大陸の西のほうですよね,とあいまいな地図を頭に描きながら切り出すと,夏には30度を超えるがこれから涼しくなる季節だということ,それに比べると4月というのにこちらは暑いですね,というお答えでした。
4月 ◇米国からの御夫婦
 九州の米軍基地で記者として働いている男性とその奥様(日本人)ということがわかりました。奥様が先に入館し全体を御覧になった後,これは御主人を呼ぶべきだと判断したとあとでお聞きしました。御主人は軍関係の記事を書く一方で日本の伝統文化に関心と知識欲が高いことを伺いました。意外な,というと失礼になるかもしれませんがじっくり展示を御覧になっていました。いつものようにお隣の小学校付属の資料館を紹介すると,すでに訪ねたというお答えです。
4月 ◇北京からの御夫婦
 日本語に多少心配を感じたので,ロビーでビデオを御覧になっている最中にお声をかけてみました。
ビデオは頼山陽と竹原のつながりを紹介するものでした。すると「わたしはこの人物を知っています。私自身が画家なんです。」,「職業画家ですか?」,「そうです。北京で水墨画をやっています。」というお答えがあり,その突然の展開にうまく返すこともできずに終わってしまいました。それほど会話を楽しもうという気持ちが強くない,と勝手に受け止めたせいでもあります。
4月上旬 ◇豪州の男性
 あまり長くお話しすることはできなかったのですが,南画展の最終日に訪れた男性。御自身も日本画をやっているということです。どのようなものか正確にとらえてなくて趣味かプロかも確かめそこなっています。ただ,コーリンオガタという名前を口にし彼のスタイルに習った絵を描いているというとでした。南画の作品をまじまじと見つめ,これは”和紙”に描かれているのですか,シルクですか。和紙はどこで手に入りますか?”画材店”ですか。”顔料”を使うのですか?などの日本語を普段に使っていることがわかり不思議な気持ちに包まれました。
4月上旬 ◇イスラエルから若いカップル
 いつものつもりで受け付けに現れた若いおふたりに声をかけました。お国はどちらですか,と尋ねますと,なんと
”イスラエル”ということです。単純につなぐ言葉も見つからず,ただただ驚きと感激を伝えてしまいました。そういえば中近東からではないかという方を街でお見かけすることはよくありますが,そういう方と実際に言葉を交わすことはまずありません。イスラエルから日本に観光で来られる方は多いのですか,と尋ねますと強く肯定されました。
 頼山陽の概略を案内したあと,初めの話題に戻り,お国では日本の伝統文化は紹介されたり興味を持たれたりするのでしょうか,とお聞きすると,映画で「七人の侍」を見ましたということでした。むしろ当方がイスラエルについてもっと掘り下げたいが,持っている知識があまりにも少ないと断ったうえで,日本のTVニュースで報道されたことは,あの大国の大統領が大使館の場所を移すと宣言したことですね。という程度しか浮かばなかったのが残念です。国の状況は今は安定しているが,波があるということを強調していました。好奇心に近い興味はあっても,手掛かりが浮かばないときは話題を深めることが難しくなる,ということを改めて感じた次第です。
 ちなみに広島に2泊,日本での滞在は2週間とお聞きし,うらやましさを隠せなかった当方です。
 

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