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研究員日記 令和4年4月~

印刷用ページを表示する掲載日2022年6月24日

当センターの研究員が日記を書きます。謎多き?研究員の日常を少しだけご紹介します。

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令和4年6月24日  果樹担当の普及指導員研修

本日,果樹研究部では,農業技術指導所に勤務する果樹担当の若手普及指導員に対する専門研修(普及指導員の2年目研修)に当部の研究員らが対応しました。
果樹研究部長からは当部の概要や研究課題の紹介に加えて,農林水産分野における知的財産の保護について説明しました。

室内での研究成果の紹介風景
▲室内での研修風景

落葉果樹担当の研究員からは,イチジク株枯病に対する抵抗性台木の育成を皮切りに,ジョイント仕立てのモモ「さくひめ」の紹介やブドウ・ナシの研究内容を説明しました。

また,カンキツ担当の研究員からは,レモンの栽培や貯蔵に係る研究内容の説明のほか,温州ミカン「石地」やレモン「イエローベル」の研究成果に加え,当部で育成したブンタン類の有望品種「瑞季」や「黄宝」を紹介 した後に,主な育成品種の試食も実施しました。

イチジク園での説明風景カンキツ園での説明風景
▲イチジク園・カンキツ園での研修の様子

今回,研究員らからの説明を受けて意見交換を行ったことで相互の理解を深める良い機会となったと思いますので,これを機に,今後,果樹研究部との関わりを一層深めて,共に手を携えながら本県の果樹農業の振興のために頑張りましょう。

(果樹研究部)

令和4年6月23日  獣の気配 Part3 狸のタメフン…!?

果樹研究部の敷地は小高い山の中にあるため,様々な獣が出没し,そこかしこに出没した気配を残していきます。
6月10日の研究員日記では,雨上がりで柔らかくなった園内道の地面に鹿の足跡が残されていたこと,
6月17日の研究員日記では,移植2年目の紅八朔の樹の下枝に着生していた葉が鹿に食害されたことを紹介しました。

今日は,当部の敷地内で見つけた「獣の気配」の第3弾です。
6月20日の研究員日記では,安芸津職場で夏の一斉清掃を実施したことを紹介しましたが,清掃作業中に,
庁舎からガラス室に繋がる階段の途中に獣の糞が大量に残されているのを見つけました。
新しい糞は,数cm大の黒っぽい糞で,ヤマモモの果実が未消化のまま排泄されており,その周囲には
古くなって茶色に変色した糞が大量に溜まっています。
これは,ひょっとしたら,俗に言う,「狸のタメフン…!?」

庁舎前からガラス室に続く階段階段に溜まったタヌキの糞
▲庁舎からガラス室に繋がる階段の途中に見つけた「狸のタメフン…!?」

ネットの画像で確認したら,その疑いが強まりました。 風下に立つと,とても臭い…。
狸は,警戒心が強く,とても臆病だと聞いていましたが,仲間同士で同じ場所に糞を溜め,ここを安全に暮らせて居心地の良い場所だと思って,縄張りとして誇示しているのでしょうか?
この階段は,狸一族の公衆便所として使用されていた様ですね。 取り敢えず,階段に溜まった糞は除去しましたが,お気に入りのトイレを簡単に譲り渡してくれますかねぇ…。

この記事をご覧になった皆様には,お目を汚す写真で大変失礼しました。

(果樹研究部Nh)

令和4年6月20日  夏の一斉清掃

本日,果樹研究部&管理第二課のある安芸津職場では,梅雨期間中の高温多湿の中,熱中症対策を講じながら,一斉清掃を行いました。
清掃開始前には,全員で作業内容や作業上の留意点等の確認を行い,2班に分かれて,庁舎周辺,庭園および貯水池の法面等を清掃しました。

開始前の挨拶

開始直後には程良い曇天だったので,炎天下の作業は回避できたのですが,作業中は蒸し暑さで汗だくになり,休憩時には着替えと給水を欠かせませんでした。
休憩の度に汚れた衣類が増え続け,今日だけで通常の3~4日分の洗濯物が溜まりましたが,発汗後の冷たい清涼飲料水は格別でした。
作業後の清掃箇所は見違えるように綺麗になっており,達成感と爽快感を味わうことができました。
参加された皆さん,大変お疲れ様でした。

法面の草刈り刈り取った雑草の収集と搬出
▲法面の草刈り・刈り取った雑草の収集と搬出の様子

(果樹研究部&管理第二課)

令和4年6月17日  移植した紅八朔樹の下枝の葉を食べるのは…?  

6月10日の研究員日記では,果樹研究部の山際周辺の防護柵を嵩上げしたにもかかわらず,カンキツ園周辺で鹿の足跡が新たに見つかったことを紹介しました。
「いまだどこかに鹿の侵入可能な箇所があるのでは…」と警戒していた最中,移植2年目の紅八朔の樹の下枝に着生していた葉が,見事に食害されました。
この紅八朔の樹の周辺は,四方を高さ約2mのネットで囲っていたのですが,ネット下部の一辺に重しがとりつけられていなかったため,どうやら鹿が夜間にネットを持ち上げて侵入し,地面から高さ約1mまでの葉を食害したようです。

葉を食害された八朔樹の下枝
▲葉を食害された紅八朔の樹の下枝

このため,早速,太い木材をネットの下端に括り付け,二度と鹿が侵入出来ないように対策を講じました。
さて,当部に出没する鹿は,この対策を上回る知恵を持ち合わせているのでしょうか?

四方を囲ったネット下部に侵入門戸が太い木材によるネット下部の抑え込み
▲侵入された後の様子(左)と太い木材でネット下部を抑え込み対策を講じた様子(右)

(果樹研究部Km1&Km2&Dm&Yn&Nh)

令和4年6月13日  イチジクの新梢に着果(花)が始まっています 

5月31日の研究員日記では,果樹研究部の露地栽培の研究圃場にある露地栽培の落葉果樹のうち,ブドウ,モモ,ナシの果実が順調に成長していることを紹介しました。
当部の研究圃場には,本県で栽培の盛んなイチジク「蓬莱柿」の試験樹も植えられており,先月末ころから新梢の基部付近の節位に着果(花)し始めています。 この果実は秋にかけて成熟するため,「秋果」と呼ばれています。
一方,切り返し剪定のされていない2年生枝(前年に伸長した枝)には,夏に成熟する「夏果」と呼ばれている果実が着いている枝もあり,既に3cm程度の大きさにまで肥大したものもあります。

イチジク
▲イチジク「蓬莱柿」

本県のイチジク「蓬莱柿」は,県南部の沿岸島しょ部に主産地がありますが,近年,株枯病等の難防除病害虫が拡大しつつあることや高齢化等の諸事情も加わって,生産量が漸減しつつあります。
そこで,当部では, 「イチジク株枯病」に対して強い抵抗性を有する台木「励広台1号」を育成し,イチジク産地への普及に向けた取組を行っています。
本病に困っておられる生産者の皆様が本台木に接木したイチジク品種を導入されることにより,この研究成果が現地圃場での生産力の維持向上に貢献することを期待しています。

(果樹研究部Js&Mt&Ss&Sn&Nh)

令和4年6月10日  降雨後のカンキツ園周辺をうろつく犯人は…?

果樹研究部の敷地は小高い山の中にあるため,様々な獣が出没し,そこかしこに出没した気配を残していきます。
先日も,雨上がりで柔らかくなった園内道の地面に長細い蹄の跡が2つ残されていました。 柔らかい地面にもかかわらず,副蹄(ふくてい)がついていないので,見つけたのは鹿の足跡の様です。

鹿の足跡
▲鹿の足跡

当部の敷地外周には高さ1m程度の防護柵が設置されており,カンキツ園周辺にも電柵が設置されているのですが,それでも夜間に侵入してくるため,昨冬にはカンキツ園の西側周辺に設置されている防護柵を直管パイプとネットで約2mまで嵩上げしたばかりなのですが,いまだに侵入してきている様子です。 獣と私たちの知恵比べは,まだまだ続きそうですね。

防護柵防護柵②
▲防護柵

(果樹研究部Km1&Km2&Dm&Yn&Nh)

令和4年6月9日  広島市の建築会社岡重株式会社様足場管ハウスを視察

現地への足場管ハウス建設の委託を受けている建築会社,岡重株式会社様と,その関連会社の方が,当センターの足場管ハウスを視察されました。近日,三次市で足場管ハウスを建設するにあたり,施工上の詳細や注意点等を,研究員から熱心に聞き取られていました。

岡重①岡重②
▲足場管ハウス視察対応の様子

(栽培技術研究部S)

令和4年6月7日  簡易被覆栽培のブドウ樹に巣くって産卵した鳥は…?

昨日,果樹研究部で落葉果樹を担当している職員が,簡易被覆栽培のブドウ「クイーンニーナ」のジベレリン
処理を行っていた時に,棚面にある主枝の上に枯草でお椀状に形作られた鳥の巣を見つけました。

巣の中には小さな白い卵が4つあり,殻の表面には褐色の斑点や曲線模様がありました。
恐らくホオジロの巣と思われます。

ブドウ樹の主枝上の鳥の巣巣の中に産み落とされた卵

当部の果樹園では,今回のように樹上で巣を作るケースは時折見られ,5年前にはサイドレスハウス内の
ブドウ樹で, 3年前には露地のカンキツ樹で夏季に鳥の巣が見つかっており,いずれも平棚で栽培されている
樹でした。

今回見つかった鳥の巣も,棚の上で天敵に見つかりにくいうえ,ビニールが被覆されて雨が避けられるので, 親鳥が安心して子育てできる住環境なのかもしれませんね。
ちょうど,梅雨入りの時期でもありますので,今回見つけた鳥の巣は,しばらくそっとしておきましょうね。

とは言え,ニョロニョロと這い回る,厄介な天敵からも逃れて,無事に巣立ちができますかねぇ~。

(果樹研究部 Yk&Nh)

令和4年6月7日  アスパラガスビール!!

今回は,なんと,新発売のアスパラガスの香りがする!ビールの紹介です。
飲んだ瞬間,アスパラガスの風味を感じられる大人の味(大人しかビール飲めませんが 笑)です。

アスパラビール
▲アスパラガスビール

アスパラガスビールは,尾道ビール(尾道ブルワリー)さんで造られ,そのアスパラガスは,農業技術センターがアスパラガスの導入と栽培の支援に関わった特定非営利活動法人Cor(コル)さんで栽培されたものが利用されています。
Corさんは,就労や生きがいづくりなど福祉の活動を進めていらっしゃいます。栽培が比較的容易で,収穫も一定の長さ以上に達した若茎を収穫するので作業も分かりやすく,軽いアスパラガスに着目され,農業分野で障害者の活躍・社会参画を支援する農副連携に取り組まれています。

高軒足場管ハウス,自動液肥・灌水システム,遠隔モニタリングシステムといった当センターが開発・改良に関わった技術を導入され,美味しいアスパラガスを生産されています。
農副連携にビール,アスパラガスの新たな活躍が楽しみです

アスパラガスビール,みなさんも是非お試しあれ! (20歳以上の方,限定!)

特定非営利活動法人Corさんhttp://cor-job.com/

尾道ブルワリーさんhttps://onomichibeer.com

アスパラハウスアスパラ

(栽培技術研究部S&K&K)

令和4年6月6日  梅雨入り間近,夏近し…

昨日から今日にかけて降雨となりましたが,ここしばらく纏まった雨が無かったため,露地栽培の果樹園には待望の雨となりました。
本日は,雨の降り続く午前中に病害虫の発生予察調査のため,果樹研究部の研究圃場を巡回しました。

敷地内の北端にある研究圃場付近を歩いていた時,栗の大木が白っぽい布で覆われているように感じられたため,近寄ってみたら,ちょうど開花中でした.
栗の花は,葉の付け根に近い基部に雌花があり,雌花から先端方向に穂の様に長く連なって雄花が咲いています。
例年,この特徴ある花の形状を目にして栗特有の臭気を感じたら,梅雨入り間近であることを実感します。

敷地内の北端にある栗の大木雨中に咲く栗の雄花と雌花

巷では,露地栽培の果樹の中で,夏果物の先陣を切って,極早生モモ「ひめこなつ」の果皮がピンクに色づいて収穫期を迎えており,初夏を感じられる風物が増えて来る季節となりましたね。

極早生モモ「ひめこなつ」
▲極早生モモ「ひめこなつ」

(果樹研究部 Nh)

令和4年6月2日  甲奴のアスパラ生産者さんが当センターのハウスアスパラガス栽培を視察

当センターが取り組んでいるハウスアスパラガスの環境制御を含む栽培栽培を導入された生産者様,「三次市スマート農業推進協議会」(三次市,JA三次)様が,来所され,当センターのアスパラの生育状況を視察されました。気候が多少異なる現地(甲奴)と当センター(東広島)の生育状況を比較しつつ,栽培技術や今後の栽培作業の共有化を図りました。

甲奴アスパラ視察①甲奴アスパラ視察②
▲視察対応の様子

(栽培技術研究部S)

令和4年6月1日  この時期のカンキツ類の果実は…!?

5月31日の研究員日記では果樹研究部における落葉果樹の生育状況を紹介しました。
今日は,当部の研究圃場に植えてあるカンキツ類の生育状況を紹介します。 カンキツ類は,満開からまだ2週間程度しか経過していないものが多く,果実の大きさが1cm大にも満たない果実が多く見られます。 また,今年は開花後から本日までの降雨頻度が少なかった影響のためか,花弁の汚れが少なく,果実に残存して付着している花弁も例年よりも少なめな気がします。 さて,今回は,この時期のカンキツ3種類(レモン,温州ミカン,文旦)の幼果の写真を撮影しました。 あなたは,どれがどの種類の果実かお判りでしょうか? 果実の形状からは,レモンが一番判りやすいですかね。 温州ミカンと文旦はいずれの果実も丸いため,葉の形状を観察したら違いが分かるかもしれませんね。

早生温州ミカン文旦の幼果レモンの幼果

正解は,左から,温州ミカン,文旦,レモンです。
こうして,少しずつ特徴の異なる果実を並べて観察するのも楽しくありませんか?ちなみに,当部が育成したお奨めの文旦品種には,「瑞季」や「黄宝」等がありますので,宜しかったらあなたも栽培してみませんか?

(果樹研究部Yy&Nh)

令和4年5月31日  落葉果樹の果実が順調に成長しています

二十四節気(にじゅうしせっき)では,今は「小満(しょうまん)」と呼ばれる季節で,「あらゆる命が満ち満ちていくころとされ,生物が陽光を浴びてすくすくと成長する季節」です。 果樹研究部の研究圃場に植えてある露地栽培の落葉果樹のうち,モモの果実には既に袋が掛けられており,「ジョイント仕立て」の早生モモ「さくひめ」の幼果は4~5cmの大きさに到達し,ナシ「幸水」では,既に摘果を終え,幼果は2cmを越えた位の大きさです。

早生モモさくらひめ摘果を終えたばかりのナシ「幸水」
▲ジョイント仕立ての早生モモ「さくひめ」

簡易被覆栽培のブドウ「ピオーネ」は, 種無しにするための1回目のジベレリン処理がほぼ完了し,果粒が5mm程度に達したものもあります。 いずれの樹種も適切な栽培管理により順調に成長しつつあります。

1回目ジベレリン処理完了のピオーネ
▲簡易被覆栽培のブドウ「ピオーネ」

(果樹研究部Dm&Mc&Wd&Nh)

令和4年5月30日  側溝の点検と清掃

5月も最終週となり,梅雨入りが間近になってきましたので,果樹研究部におけるカンキツ類担当の職員は園周辺の側溝を点検して回り,落葉や泥の溜まった個所を清掃しました。 側溝内の浅い箇所の作業は比較的スムーズに進みましたが,溜枡内の深い箇所にはたんまりと泥等が溜まっていたため,パワーショベルを活用してゴミを拾い上げました。 難儀な作業でしたが,これでいつ梅雨前線が通過してもひとまず安心です。 とは言え,これから到来する梅雨の季節には,災害を及ぼすような激しい降雨に見舞われないことを願っています。

側溝の清掃

(果樹研究部Km1&Km2&Dm&Yn&Nh)

令和4年5月27日  マックスナーエレクトロニクス株式会社様 環境制御ハウスを視察

非接触放射温度計などのセンサーを取り扱う本社東京のマックスナーエレクトロニクス株式会社様が来所されました。トマトの植物体温度の測定に利用しているサーモグラフィーカメラの設置状況や活用方法の視察の後,足場管ハウスやそのほかの環境制御機器や活用場面も併せて見学されました。

東京企業①東京企業②
▲視察・見学対応の様子

(栽培技術研究部S&K)

令和4年5月26日  農機具および公用車の点検,清掃

果樹研究部では月末に,翌月の作業内容の確認を行った後,農機具と公用車の清掃,点検を行うこととしています。 安全に農機具を使用するためには,日ごろの農機具の清掃,点検も大切な業務の1つです。

作業内容確認

今月は特に,草刈り機や運搬車,動力噴霧器などの農機具の点検方法をベテランの職員から若手職員が教わり,ふだんよく使う農機具についての知識を深めました。 また車の内外の掃除を済ませ,車庫にはきれいになった公用車が並びました。 良い研究成果を出していくためにも,作業や調査を行う者が事故やケガのないように農機具や公用車のメンテナンスにも気をつけていきたいです。

農機具点検公用車点検
▲草刈り機の清掃・点検の様子

(果樹研究部)

令和4年5月26日  操船除草

操船除草

ここは溜め池。
果樹の灌水に使用する大事な水源の1つです。

今日はそこにはびこる雑草(ヒシ)退治です。

右上の写真は,ヒシの実です。
とてもユニークな形です。
こりゃ~,ジオングの顔じゃなあ。
ガンダムファンの声が聞こえて来そうな気がします。

操船にはバランス感覚が重要です。
どちらか一方の舷ばかりに力がかかりすぎると,目的地にたどり着くことはできません。

そうした意味では,操船は組織マネージメントの要諦にも通じるものがあるのではないでしょうか。

by Pica Jiro

令和4年5月23日  ナシの葉の新病害?それとも…?

果樹研究部では,ナシ,ブドウおよびカンキツにおける主要な病害虫の発生状況を確認するため,基準樹を設けて旬ごとに巡回調査をしています。

先週末にナシ園内に設けた基準樹で葉の調査を行ったところ, 10日前の調査日には全く見られなかった褐色の小斑点が複数発生している葉が散見されました。

ナシの葉に発生した褐色小斑点極軽微な褐色小斑点

「これは何だろう?」と頭をひねり,過去の経験値と照合してみましたが,ピタリと一致する病害虫の被害葉は思い浮かびません。

強いて言えば,ナシ赤星病斑が発病した後に治療効果のある殺菌剤を散布した時に見られる病斑に似ているように思えましたが,前回の調査前後にその種の殺菌剤の散布実績はありませんし,新たな病害でもなさそうです。

園内の発生状況を観察してみれば,上記の症状の周辺で極軽微な褐変症状や波打っている葉も観察されたとともに,豊水よりも幸水に目立ち,同一品種でもスビートスプレーヤーによる散布液が重なりやすい角に植えてある幸水に発生が多い傾向が認められました。

そこで,果樹の薬害事例の冊子を開いてみれば,類似の薬害症状が掲載されており,豊水よりも幸水で薬害が発生しやすいことや,ちょうどこの時期はナシ樹が貯蔵養分で賄われる時期から新しい葉によって栄養を作る時期への移行期のため,最も薬害が発生しやすい時期であること,さらに使用した農薬はこの時期の薬害事例の報告が多いこと等が判明し,「今回の症状は薬害である。」との結論に至りました。

過去に使用した際には薬害のほとんど見られなかった農薬でも,樹体条件,気象条件および散布条件次第で薬害が目立つことがあることを実感した経験でした。

農薬散布指示書を作成する担当の私としては,「やっちまったなぁ~」と思いましたが,この事例を無駄にせず,今後の防除に活かしたいですね。

軽微な褐変症状を伴う波打ち葉
▲軽微な褐変症状を伴う波打ち葉

(果樹研究部Nh)

令和4年5月17日  開花期を迎え,急ピッチで進むカンキツ園での諸作業

5月16日の研究員日記では,果樹研究部の露地栽培のカンキツ樹が開花期を迎えていることを紹介しました。 このため,昨日は,満開期を迎えた温州ミカンの開花期防除が行われていました。

カンキツ開花期防除
▲カンキツ開花期防除

また,カンキツ研究圃場では,遅れがちになっていた剪定やポット苗の移植等の農作業が急ピッチで行われていました。

カンキツの剪定(せんてい)
▲カンキツの剪定(せんてい)

カンキツポット苗の移植
▲カンキツポット苗の移植

5月後半に入り気温上昇に伴い,病害虫の発生も増えてくる時期となりました。 これから防除頻度が増すと伴に果樹園での諸作業も一層多忙になってきますので,円滑に農作業をこなせるように計画的な作業推進を図りたいですね。

(果樹研究部Km1&Km2&Dm&Yn&Nh)

令和4年5月16日  カンキツ類が開花期を迎えています

果樹研究部のカンキツ研究圃場のうち露地栽培園では,ちょうど今,開花期を迎えています。

ブンタン類の花
▲ブンタン類の花

開花しているカンキツ樹に近寄ると蜂達の「ブーン」という微かな羽音が聞こえ,ほのかにカンキツ特有の花の香りも漂ってきます。
今日は陽射しが差し込む天候のためか,開花した花々には多くの昆虫が訪れ,コアオハナムグリは花の中に頭を突っ込んでのんびりと花粉を食べていましたが,マルハナバチは慌しく花から花へと飛び回っていました。

レモンの花とコアオハナムグリ
▲レモンの花とコアオハナムグリ

レモンの花とトマルハナバチ
▲レモンの花とトマルハナバチ

開花後には,果実管理や調査等で私たち職員も慌しい日々となりそうですね。

(果樹研究部Nh)

令和4年5月13日  岡山のブドウ農家さんが足場管ハウスを視察

岡山のブドウ農家さんが,足場管ハウスを視察されました。前日にも,果樹用にと足場管ハウスの見学に来客がありましたが,自由施工が可能な足場管ハウスは,果樹栽培用にも注目されているようです。

視察対応1視察対応2
▲視察対応の様子

(栽培技術研究部K)

令和4年5月12日  日本園芸農業協同組合連合会,広果連の皆様が足場管ハウスを視察

日本園芸農業協同組合連合会,広果連の皆様が当センターの足場管ハウスを視察されました。  果樹のハウス栽培用に,軒高の高い設計が可能な足場管ハウスに興味がおありとのことで,施工方法や,足場管ハウスのメリットなどの詳細を聞き取られていました。広果連の方から,今後果樹関係の生産者大会などで当センターの施設視察を依頼したいとのことでした。

視察対応1視察対応2
▲視察対応の様子

(栽培技術研究部S&K)

令和4年5月9日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part8 ストライキ騒動

4月20日の研究員日記では,現果樹研究部の前身組織である,旧柑橘支場の実習生の逸話の1つに,「ストライキ騒動」があったことに触れましたが,くりおか友の会結成15周年記念誌「くりおかを舞台に」に騒動の顛末が記されていたので紹介します。

昭和44年春本館建築工事中切り抜き

1969(昭和44)年の厳寒期,旧果樹試験場開設前の栗岡では,圃場建設の真っ最中であり,旧柑橘支場の実習生19名は早朝に三原を発って安芸津まで通い,流紋岩質の重粘土に苦土石灰,溶燐,バーク堆肥等の多量の土壌改良資材を投入する役を担っていました。
実習生達は,重機に追われるように毎日汗にまみれ,鼻の穴まで真黒くなる苦しい作業が続き,夕刻,顔や手足を洗う水すら十分にない中で衣類をはたくのさえもどかしく,ぐったりとして三原の寮に帰り着く日々が続いたといいます。

そんなある日の朝,「俺はもう行かない!嫌だ!疲れた!」の言葉を皮切りに,「俺も!」「俺も!」と続き,遂に「ストライキをしよう!」となり,実習生のストライキが始まったそうです。

1週間後には,父兄会等での話し合いを経て,ストライキという事態はようやく収拾されたそうですが,34年後に,当時実習生の指導役を担っていた職員が当時の実習生達から同窓会に突然招待されたそうです。
既に社会の中核人となっていた当時の実習生からは,口々に「当時は申し訳なかった」「ずっと気になっていた」「これでゆっくり眠れる」との発言があり,職員は彼らが「恨」とも言える傷を長年抱き続けたことに胸が熱くなったそうです。

同窓会に出席した当時の職員の寄稿文には,「実習生制度という前近代的とも言えるわずか1年間の師弟としての付き合いであり,その間,何もしてあげられなかったことを恥じた。にもかかわらず,彼らは今,同窓会という不器用な形でその「恨」を癒すことができたというのである。翌朝,彼らが晴れ晴れとした笑顔で再開の約束をした姿は爽快であった。」と記してあります。

当部に勤務する私たちも,「当時のストライキ実習生達が青春時代に絞った汗と涙の滲み込んだ土地が栗岡の一角にある」という事を忘れてはいけませんね。

(果樹研究部Nh)

令和4年5月6日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part7 栗岡

果樹研究部は,東広島市安芸津町三津の小高い山の上に位置します。

果樹研究部敷地の航空写真1969年登坂道路沿いから夕暮れの安芸津街並みを望む

旧広島県果樹試験場が開設されてから今日までの間には,県の組織のうち,農業技術の普及を担う組織や農業後継者を育成する組織が存在する時代もありました。
そのころには,山の上で勤務する職員で構成された,「くりおか友の会」という名称の親睦組織があり,会誌の発行のほか,様々な親睦活動が行われていました。
この「くりおか」は,漢字で「栗岡」と記される「小字(こあざ)」の呼び名です。
安芸津町地誌(昭和54年発行)によれば,明治33年に実測された三津町の地図台帳には93の小字があり,この山の上が「栗岡」で,地名の起源の項には「栗の木のある地の義」と記されているそうです。
親睦会誌「くりおか」への,開設前の当地を知る職員による寄稿文によれば,開設前の「栗岡」は,当部の庁舎以北は山林で,庁舎以南の十数箇所に大小の池があり,半湿地のため水田が多く,一部の畑地では,煙草,秋馬鈴薯,麦の三期作が行われていたそうです。

「栗」という果樹にちなむ小字ですが,開設前の栗岡には,果樹園らしき畑は現在の最南端にある研究圃場の辺りにあった三津小学校の実習園のみで,他にはわずかに枇杷や梅が散在していた程度だったようです。
現在も当地には「栗」自体はわずかに散在している程度ですが,この「栗岡」の地を本県の果樹栽培技術に係る情報発信地として今後も機能させていきたいですね。

(果樹研究部Nh)

 

令和4年5月2日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part6 研修館(果樹青年センター)

4月28日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場の開設当時を撮影した写真の第6弾は,研修館(果樹青年センター)に関連する風景です。

冊子「広島県果樹試験場20年のあゆみ」によれば,1971(昭和46)年には,1階が講堂で,2階が長期研修生の宿泊施設からなる研修館(果樹青年センター)が完成しました。

研修館(果樹青年センター)
▲研修館(果樹青年センター)

翌年の1972(昭和47)年には,一般農家や技術員の宿泊や研修が可能となる3階部分が増築されました。 また,これまで県内の試験場で実施されていた長期研修生養成事業は,この年から広島県経営研修農場研修規則によることとなり,この制度は1979(昭和54)年の広島県農業者大学校設置の時まで続きました。

長期研修生講義風景 研修生の収穫作業風景

この施設は,長い間,現場と一体化した果樹研究機関づくりに向けて一定の役割を果たしてきましたが,2010(平成22)年ころには,当初の役目を終えて,物品収納庫として使われるようになっていました。

そうした最中に,高い伝播性,罹患した動物の生産性の低下,幼獣での高い致死率という特徴を持つ家畜伝染病「口蹄疫」が宮崎県南部を中心に発生しました。 このため,広島県においても危機管理の一環として,畜産技術センターが保有する健全な種雄牛の一部を緊急避難させることのできる施設を建設しておく必要が生じ,果樹研究部の研修館が緊急避難に最適であると判断され,急遽,研修館の1階部分に4頭分の牛舎が作成されました。

種雄牛の緊急退避舎
▲種雄牛の緊急退避舎

このように研修館は,農業者から畜産業者への貢献へと役割を変えましたが,現在も立派に県内産業への貢献役を担っています。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月28日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part5 開設前後の異常気象による被災

4月27日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場の開設当時を撮影した写真の第5弾は,開設前後の異常気象による被災風景です。

1969(昭和44)年に開設された果樹試験場ですが,冊子「広島県果樹試験場20年のあゆみ」の発刊のあいさつによれば,


「果樹試験場の自然環境は厳しく,寒害・雪害・水害・干魃(かんばつ)そして瘠せた重粘土の改良等,数々の試練を職員一同が一丸となって乗り超えて参りました。」


と記載されています。

最初の試練は,1969(昭和44)年6月下旬の豪雨により,開設直前の時期に,法面や排水路の決壊等で大きな被害を受け,傾斜地に造成されたブドウ園は棚ごと崩れ去りました。

開場直前の豪雨よる圃場の崩落

1974(昭和49)年1月には,約50cmの積雪に見舞われ,樹体の損傷,果樹棚の崩壊等を生じました。

1974年1月の豪雪(50cmの積雪)

1977(昭和52)年2月には,最低気温-9.5℃を記録した寒波が襲来し,寒波には比較的強いとされる,温州みかんの大半が完全に落葉し,多くの樹が主幹まで枯死しました。

1977年2月の安芸津寒波(温州ミカンも被害)

ようやく寒波被害から立ち直りかけた矢先の,1981(昭和56)年2月には最低気温-10.4℃の寒波に再び見舞われました。

こうした相次ぐ寒波による被災は,当時の気象環境下において,「寒波に弱いとされる,中晩柑類を安芸津で栽培するのは困難である。」と判断するに至り,中晩柑類の栽培を果樹試験場の開設後に廃止予定だった柑橘支場で実施することとなり,その後の柑橘支場は幾多の名称変更はあったものの,2011(平成23)年の現果樹研究部への統合まで存続されました。

その後も,果樹試験場では,今日までに度々寒波や豪雨による被災を受けたとともに,この他にも,開設以来約5年に1度の頻度で干ばつによる渇水対策を余儀なくされる等,自然環境との格闘は今日も続いています。 相次ぐ自然災害で試験研究の遅れや中断を余儀なくされる等のデメリットもつきまといますが,今後も職員一同が一丸となって汗と知恵を絞り,デメリットをメリットに変えて,乗り超えていかなければなりませんね。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月27日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part4 落成式の併設イベント

4月26日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場の開設当時を撮影した写真の第4弾は,落成式の併設イベント風景です。

農業祭を同時開催全国ミカン展示会も

当時の落成式に関わったObの回顧話によれば,果樹試験場の落成式は1969(昭和44)年11月7日でしたが,落成を記念して11月7~9日の3日間にわたって同一会場で農業祭(果樹部門)が開催されました。
農業祭では,果樹試験場で新たに開始された果樹栄養診断事業関連で県内柑橘産地の土壌を展示したほか,全国みかん展示会での国内外の主要果実の展示や農業機械の実演展示,更には,園芸機具,農業図書及び果樹苗木の販売等が行なわれました。
開催期間中には,JR安芸津駅と山腹にある当会場との間に臨時の送迎バスが運行され,未舗装の山道をピストン輸送で大活躍し,来場者は延15,000人を超える盛会となったとのことでした。

安芸津駅からの送迎バス

また,同期間内には,国際ウイルス学会による果樹試験場への視察ツアーも組み込まれ,海外からの参加者もイベントの盛上げに一役買ってくれたようです。 県民のみならず海外の方々も果樹試験場の誕生を祝ってくれていたとは,有にくいことですね。

国際ウイルス学会視察コースも

(果樹研究部Nh)

令和4年4月26日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part3 落成式

4月25日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場の開設当時を撮影した写真の第3弾は,落成式の風景です。

開場を待つ本館テープカットの様子

当時の建設に関わったObの回顧録によれば,新設する試験場の具体的設計は農業試験場の柑橘支場と果樹科の職員を主体とした建設委員会で1966(昭和41)年から開始され,翌年から庁舎建設や園地造成等が行われました。庁舎については,当時の研究機関設置基準では十分な建坪を確保できなかったため,農林省助成の農民センター(現在の普及組織を含む)を併設して庁舎面積を確保したそうです。
結局,建物面積は15棟で3400平方メートル,事業費約2億6千万円となったようですが,折しも高度経済成長時代で急激な物価上昇が続く中での建設となり,予算が据置かれたままで見積金額ばかりが増えていき,多くの施設等で当初計画の縮小や内容変更を余儀なくされたようです。

このように,開設に至るまでには当時の関係者が四苦八苦して様々な難題をクリアしなければならなかったようですが,1969(昭和44)年11月7日には無事に落成式を迎え,永野知事他274名が出席し,盛大に式典が行われました。

テープカット祝果樹試験場落成

落成式に至るまでには,関係者の膨大な汗と知恵の搾り出しがあったのですね。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月25日  広島の八朔ブランドを支えた母樹が移植2年目を迎えています

改良した土壌の埋め戻し新芽の伸長開始(220425近景)

旧三原分室から安芸津の果樹研究部まで運んできた八朔「Hm55」系統と「農間紅八朔」の母樹は,当職場の敷地内に移植されて2年目を迎えています。
両母樹は,樹齢50年以上の老木となった後に,地上部と地下部を激しく切り込んで昨年(令和3年)3月に移植したため,移植1年目の昨年は生育期間中の枯死が大変心配でした。
植え付け時には枝幹に日焼け防止剤を塗布し,樹体の上部を遮光ネットで囲み,万全の措置を施したつもりでしたが,発芽後に鹿による新芽の食害を受けたため,樹体の側面もネットで囲んで獣害対策を追加しました。このため,冬前までの生育は順調でしたが,1月以降に気温が氷点下を下回る寒波が度々襲来したことで落葉が助長され,3月ころには寒々しい樹姿になってしまいました。このため,移植2年目における生育促進を図るため,この春先に根域周辺の土壌改良を講じたところです。
この対策が樹勢に好影響を及ぼして元気な樹姿を眼にすることができるのは,もう少し先になると思いますが,ここに来て多数の新芽が伸長し始めました。

皆様が当部を今秋以降に訪れる際には,これらの母樹が更に元気になっている樹姿をお見せできるよう,今後もしっかりと栽培管理を行わなければなりませんね。

(果樹研究部)

令和4年4月25日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part2 果樹苗木の栽植と開設当初の園地

4月22日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場の開設当時を撮影した写真の第2弾は,果樹苗木の栽植と開設当初の園地風景です。

苗木の植付(果樹同志会奉仕作業)
▲苗木の植付(果樹同志会奉仕作業)

当時の圃場造成に関わったObの回顧録によれば,建設は1964(昭和39)年度から1969(昭和44)年度までの6年間をかけて,用地買収,育苗圃設置,用地造成,苗木の栽植,道路工事,庁舎建設,各種施設建設等の順序で行われました。

このうち,果樹苗木の育成は1965(昭和40)年から始まり,圃場への栽植は1967(昭和42)年から行われました。なお,圃場への栽植は,約700名の果樹研究同志会員の奉仕活動によるものであり,ここでも産地と一体となった試験場づくりが行われたそうです。
旧広島県果樹試験場が安芸津の栗岡の地に開設されて以来,本年で53年目を迎えますが,私たちは,開設当初に果樹生産者や関係団体等から果樹の研究拠点誕生に対して大きな期待を寄せられていたことを心に留め,日々の研究活動に精進しなければなりませんね。

昭和44年秋本館屋上より三津湾を望む現在の果樹研究部柑橘研究圃場の風景
▲昭和44年秋と令和4年の比較(三津湾を望む)

(果樹研究部Nh)

令和4年4月22日  旧果樹試験場の開設当時の様子 Part1 開設前後の風景

4月12日の研究員日記では,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場や三原にあった旧柑橘支場で勤務経験を有するObから,両組織の開設当時の貴重な写真を頂いたことを記しましたが,今回は,旧広島県果樹試験場の開設前後の風景を撮影した貴重な写真を紹介します。

開設前の栗岡地区開設後の果樹試験場敷地

旧広島県果樹試験場は,三原にあった広島県立農業試験場の柑橘支場と西条にあった同果樹科を統合し,安芸津に果樹の研究拠点を置くことで果樹研究の効率化を図る目的で,1969(昭和44)年に新設されました。当時は,米の過剰生産が表面化し,農業構造の改善が大きな農政課題となる中で,果樹の生産振興に対する期待が高まった時代でした。

建設の背景には果樹研究同志会や農業団体による強力な運動があり,県知事と県議会議長に対して約65,000名の果樹生産者の署名による請願が行われたそうです。旧柑橘支場に続き,旧広島県果樹試験場の開設にも,開設前後の風景写真だけでは知り得ぬような,生産者や関係団体等の熱い期待が込められていたのですね。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月21日  旧柑橘支場の開設当時の様子 Part7 柑橘同志会夏期研修会

4月20日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧柑橘支場の開設当時を撮影した写真の第7弾は,柑橘同志会夏期研修会に関わる風景です。

柑橘支場に勤務経験のあるObの回顧録によれば,この夏期研修会は1958~1961(昭和33~36)年8月後半に柑橘同志会の青年70~80名を集めて6日間にわたって実施されたそうです。7月になると,同志会役員と会場づくりの打合せがあり,支場敷地外周の草刈りとやぶ蚊駆除のための週2回の粉剤散布が始まります。その後は,実験器具や農具の片づけ等の大掃除が行なわれ,設営資材が持ち込まれて設営が始まります。

講堂はゴザが敷き詰められ蚊帳が吊られて宿泊施設となり,収納舎の前に丸太を組んでヨシズ(ヨシを糸で編んで立てかけて使う日よけ)を張り長いすを並べて臨時の講義室となり,食堂や炊事場は,実験室の裏側に天幕とヨシズを張って作成されたようです。

講堂が宿舎に収納舎が講義室に
ヨシズの食堂

特筆すべきは,2つの農薬調合槽を用いた露天風呂で,つかり湯と上がり湯があり,2極の銅板で水温37~38℃に達するまで10時間かけて沸かしたそうです。これらの会場設営には,支場職員を始め,練習生や同志会役員らが総出で10日余りを要したそうです。研修会の講師は,支場職員が各自1~2講ずつ分担したほか,県庁職員,市場,農業団体等の外来講師も招聘されたそうです。

調薬槽が露天風呂に
▲調薬槽が露天風呂に

今日では到底考えられないほど手間のかかる行事ですが,当時の関係機関では,相互に,必要,有効,合法的手法だと確信されていたとの事です。

回顧録には,「こうしたことが根っことなって,その後の果樹試験場の設立請願や植付け作業の奉仕活動等,開かれた試験場へと,一体感の中で歩むことができ,深く感謝して止まない。」と記されていました。当時と今では時代背景は異なりますが,現場との信頼関係を深め,一体感を持って共に行動するための機会は,いつの時代も必要ですね。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月20日  旧柑橘支場の開設当時の様子 Part6 実習生制度

4月19日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧柑橘支場の開設当時を撮影した写真の第6弾は,実習生制度に関わる風景です。

柑橘支場完成時の本館
▲柑橘支場完成時の本館

柑橘支場に勤務経験のあるObの回顧録によれば,実習生制度は,午前中は90分の講義,午後は職員と一緒に調査や圃場管理等の作業を行う中で,自ら学び取らせるものだったそうです。本制度は,開設翌年の1955(昭和30)年から開始され,毎年14~15名(最少5名,最多24名)の実習生が1年間の研修を経て巣立っていきました。

卒業生は15年間で220名(県外30名を含む)で,産地の中核的経営者や農業指導者として活躍された方も多かったようです。大半の実習生は高校卒業直後のエネルギー溢れる若者ゆえ,眼前の岩子島への遠泳による西瓜窃盗事件,寮生の夜間失踪と捜索騒動,ストライキ騒動,水害時の人命救助支援等,当時を知る関係者の間では多くの逸話があるようです。
昭和39年3月25日第09回卒業生
▲昭和39年3月25日第09回卒業生

また,実習生は,厳しい環境の中で質素な寮生活を送らざるを得なかったようですが,師弟で知恵を絞って,研究圃場で間作した野菜を実習生の手で漬物に加工して発育盛りの寮生達の日々の食事の足しにしたり,場内道路側面にある石垣中段の平地に植えた水仙等の花きを尾道市内で販売して寮生の細やかな娯楽のための運動用具購入に充てた等の苦労話や,夏の気温が30℃を越えたら昼休みを1時間延長する等の約束事もあったようで,現代ではあり得ないようなホッコリする話もあり,当時の師弟関係の深さが伺い知れます。
谷沿いの石垣に植えられた水仙
▲谷沿いの石垣に植えられた水仙

実習生制度に関わったObには,卒業後もずっとお付き合いを続けておられる方々が多く,苦楽を共にした1年を大変懐かしんでおられました。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月19日  旧柑橘支場の開設当時の様子 Part5 成木移植

4月18日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧柑橘支場の開設当時を撮影した写真の第5弾は,温州みかんの成木移植風景です。

温州みかんの成木の植え穴掘りの様子温州みかんの成木の植え付けの様子
▲温州みかんの成木の植え穴掘り,植え付けの様子

当時の圃場造成に関わったObの回顧録によれば,瀬戸内海の島々から農用船で運ばれた温州みかん成木は,陸上げ後に植穴を掘ってある山腹の研究圃場まで運び込まれ,有機物を混ぜ込んだ培土とともに定植され,潅水,敷き藁,日焼け防止剤塗布の順序で慎重に管理されたことから,6月下旬には全樹で無事活着の見通しがつき,4~5年後には一般園と変わらないほど樹勢が回復し,その後の各種試験の供試樹として大活躍したそうです。

移植完了後の様子当時の職員一同の写真
▲移植後の様子と当時の職員一同

これら一連の移植作業は約3か月を要したそうですが,当時の研究員としては,温州みかん成木を用いた試験の推進がいち早く取り組めたメリットに加え,同志会員と共に働いたことでお互いの人間関係ができ,同志会員自身も自分の植付けた樹が試験場内にあることで試験場を身近に感することができたようです。

開設当時には,今以上に御苦労が多かったものと察しますが,産地と研究機関が随分と近い関係にあったことが伺えますね。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月18日  果樹研究部における研究課題等の説明会

開花期のナシ防除防除の留意点説明

新年度が始まって今日から4週目を迎えます。

当センター安芸津職場の敷地内では,ナシの主要品種がちょうど満開期を迎えており,午前中にはスビートスプレーヤーで開花期の防除が行われていました。

果樹研究部では,本日の午後には,今後の研究活動を円滑に推進し,年度当初に計画した研究課題の成果を確実に得るために,共に支えてくださる職員の方々にも研究の目的や実施内容を理解していただく目的で,職員が一堂に会し,十分なコロナ対策を施しながら,説明会等を開催しました。
会議では,最初に農薬の誤散布防止についてのプレゼンを行った後,課題の主担当研究員が本年度に実施予定の研究課題の概要や研究圃場での留意点等を説明しました。

その後,管理第二課からの依頼事項の説明に加え,新たに当職場に着任された職員の方々を対象として,実際に使用する研究圃場を巡回し,管理上の留意点等を確認しました。

いよいよ多忙な農繁期に突入する時期となりましたが,本年度も互いに感謝の気持ちを持って,健康で安全に働き続けながら,職員の総力戦により,社会に貢献する成果獲得を目指しましょう!

(果樹研究部)

令和4年4月18日  旧柑橘支場の開設当時の様子 Part4 島々から温州みかん成木のお嫁入り

4月15日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧柑橘支場の開設当時を撮影した写真の第4弾は,瀬戸の島々からの温州みかん成木のお嫁入り風景です。

高根井関早生18年生コモ包み
▲高根井関早生18年生コモ包み

当時の圃場造成に関わったObの回顧録によれば,旧柑橘支場建設の話が具体化したのは1952(昭和27)年からで,建設に向けた協議の中で,全ての柑橘樹を苗木から定植して育成してしまうと,新設後の10年位は幼木ばかりとなり試験研究の推進に支障があるため,早生温州みかんと普通温州みかんの各10a分を成木移植することとなったそうです。

早生温州みかんの成木は瀬戸田の高根島から,普通温州みかんの成木は大崎上島の産地から譲り受けたのですが,当時は車での陸上運送が未発達の時代でしたので,各地の同志会の応援を得て,掘り上げた樹体の根をコモ(藁やイグサ等で編んだ簡素な敷物)で包んだ後に農用船に積み込み,瀬戸内海を移送したそうです。

農用船で成木を移送している写真木原海岸で成木を荷揚げしている写真
▲温州みかんの成木を農用船で移送している様子

木原の海岸に到着後も,樹体を背中に担ぎ上げ,研究圃場のある山腹まで人力で運んだそうなので,大変な重労働だったと思います。

当時,この移送作業に関わった方々は,大切な娘をお嫁入りさせるような心境だったのではないでしょうか。

まさに,瀬戸の花嫁ですね。

(果樹研究部Nh)

令和4年4月15日  旧柑橘支場の開設当時の様子 Part3 ダイナマイト爆破

4月14日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧柑橘支場の開設当時を撮影した写真の第3弾は,ダイナマイト爆破風景です。

当時の圃場造成に関わったObの回顧録によれば,果樹園造成後から柑橘樹の定植までの工程としては,用地周辺を縄で張り,畑の高低を鋤とモッコ(土を運搬するための籠)を使って均等にし,植穴を掘り,有機物を混ぜ込んだ培土を戻して植付け準備をするのですが,成木移植用の植穴は直径1.5m,深さ1.2mで90本分を人力で掘らなければならず,毎日グッタリだったようです。

このため,少しでも作業者の負担軽減を図るために,途中からダイナマイトの火薬を爆発させて掘り進めたそうです。

また,用地の一部には梅林があり,梅の大木を伐採・伐根する際にも同様に火薬を用いた爆破処理により樹体を根こそぎ粉砕したようです。当時は,パワーショベル等の重機で掘り上げることができなかったとは言え,文字通り,「ぶっ飛んだ」驚きの作業ですね。

ダイナマイト爆破による植穴作成の様子
▲ダイナマイト爆破による植穴作成

ダイナマイト爆破による梅樹の除去の様子
▲ダイナマイト爆破による梅樹の除去

(果樹研究部Nh)

令和4年4月14日  旧柑橘支場の開設当時の様子 Part2 開墾園地で岩石と格闘

4月13日の研究員日記に続いて,現果樹研究部の前身組織である,旧柑橘支場の開設当時を撮影した写真の第2弾は,開墾園地での岩石との格闘風景です。

当時の圃場造成に関わったObの回顧録によれば,試験圃場の造成に着工したのは,1953(昭和28)年4月6日で,当時の庁舎付近一帯は雑木林で,所々大きな岩石が露出していたようです。

このため,果樹園となる予定の用地からは,掘っても掘っても大きな岩が出てくるため,仕事は遅々として進まなかったそうです。

それでも,造成に携わった職員とパートの従業員とで一つ一つの岩石を掘り起こし,割って,園地の外まで担いで運搬し,それらを園地周辺の石垣作成のための石積み作業に用いたようです。

石出しの様子石割りの様子
▲石出し,石割りの様子

建設に携わった職員は,遠方からの通勤が体力面で厳しいため,柑橘支場付近に下宿して対応したのみならず,造成に要した1年間は試験研究ができない状況だったとの事でした。

まさに岩石との格闘の日々だったのでしょうね。

考えただけでも気が遠くなりそうですが,回顧録には,「誰もが建設の意欲に燃えており,気分はスッキリしていた。」とありましたので,通常の勤務では得られない貴重な体験でもあったのかもしれませんね。

続出した石の運搬の様子石積みの様子
▲続出した石の運搬の様子と石積みの様子

(果樹研究部Nh)

令和4年4月13日  旧柑橘支場の開設当時の様子 Part1 開設前後の風景

柑橘支場建設前の風景
▲柑橘支場建設前の風景

4月12日の研究員日記では,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場や三原にあった旧柑橘支場で勤務経験を有するObから,両組織の開設当時の貴重な写真を頂いたことを記しましたが,今回は,旧柑橘支場の開設前後の風景を撮影した貴重な写真を紹介します。

旧柑橘支場は,1954(昭和29)年に,県の向島柑橘母樹園を発展させて三原市木原町に移転することにより,正式名称「広島県立農業試験場柑橘支場」として開設されました。

柑橘支場柑橘定植後の風景
▲柑橘支場柑橘定植後の風景

これにより,戦時中から中断されていた,柑橘栽培に係る本県での試験研究活動が本格的に再開されました。

建設に当たっては,柑橘栽培への関心が高まっている時期でもあり,建設費1350万円のうち産地から450万円の寄付を得て,県内各地の柑橘同志会員の多大な奉仕活動も受け,産地と一体となって誕生し,「三原の試験場」として親しまれたそうです。

また,本県の柑橘産地は,これを機に沿岸部にも一気に拡がったようです。

開設前後の風景写真は大変のどかに見えますが,旧柑橘支場の開設には,生産者や関係団体等の熱い期待が込められていたようですね。

柑橘支場閉場前の風景
▲柑橘支場閉場前の風景

(果樹研究部Nh)

令和4年4月13日  若手研究員奮闘中!

果樹研究部常緑チームの4月は,圃場の準備と貯蔵果実の調査で大忙しです。

先日のチーム会議で,入庁2年目の若手研究員が先輩研究員へ「圃場での試験を組み立てる上で大切なことは何ですか」と質問していました。先輩研究員からは「均一な苗を均一に管理し,処理による差が正確に出るように準備すること」との回答でした。

これは実践するしかありません。ちょうど圃場では,広島県が育成したカンキツ新品種「瑞季」の大苗を圃場に定植する作業中。若手研究員は,会議や資料作成の合間を縫って,定植作業に参加しました。ビニルハウスの中から大苗を運びだしてトラックに乗せ,前日までに植穴を掘った圃場へ。台木との接ぎ木部が土に埋もれてしまわないように高さや枝の向きに注意しながら定植。この日は暑かったため,上着を脱いで半袖シャツになって頑張りました。ところが,最後に乾燥防止と雑草抑制のために稲わらを株元に敷き詰めていると,稲わらに触れた腕がかゆくなって赤くなってしまいました。それでも最後まで作業をやり切り,圃場定植は無事終了しました。明日は筋肉痛になってないかな?

毎朝,出勤したらまず担当するハウスの様子を見て回るなど,頼もしく成長しています。一緒に頑張りましょう!

(果樹研究部Y&O)

令和4年4月12日  懐かしの先輩方の果樹研究部訪問と嬉しいプレゼント

庁舎前ロータリーでの集合写真カンキツ研究圃場の視察の様子

本日の午後,現果樹研究部の前身組織である,旧広島県果樹試験場や三原にあった旧柑橘支場で勤務経験があり,現在は本県を含めた中四国,近畿,九州にお住いの先輩方が久しぶりに当部を訪ねて来てくださいました。

いずれの皆さんも現役時代に安芸津の地に居住経験があり,広島県の果樹産業への貢献を目指して,それぞれの専門分野で地道に実績を積み重ねて来られた蒼々たる先輩方です。

訪問者の中には,退職後に県内外で果樹栽培に携わり,自らが生産者として活躍されている方も数名おられ,先輩方を知るベテラン研究員との果樹談義に大いに花が咲きました。

最年長の方におかれては,90歳に至る今日まで心身ともに健康を維持され,研究圃場の見学の際に軽やかに歩かれるお姿を拝見できました。

また,自園で生産した完熟果実の直販で多くの顧客に喜んでいただくことに生き甲斐を見出しておられる方もいらっしゃり,果樹園の改植により有望新品種を導入して更なる経営発展に夢をはせるお話等もお聴きできました。

果樹への溢れる情熱を持ち続けておられる先輩方のお姿を拝見するにつけ,私たちもこのように年齢を重ねていきたいと思って希望と勇気をいただくとともに,現役職員への温かい激励のお言葉も頂戴しました。

また,訪問時には,旧広島県果樹試験場や旧柑橘支場における,設立当時からの大変貴重な写真も大量に頂きましたので,近いうちに研究員日記で紹介します。

(果樹研究部Ky&As&Nh)

令和4年4月5日 もうすぐ収穫,露地栽培のカンキツ「黄宝(きほう)」

黄宝(きほう)を遠くから撮影した写真黄宝(きほう)を近くで撮影した写真黄宝(きほう)の果実の写真

2月22日の研究員日記では,果樹研究部の施設内で栽培しているブンタン系品種,「黄宝」と「瑞季」がほぼ完熟したことを紹介しました。
これらの2品種は,当部で育成し,品種登録された品種で,露地で栽培すると,市場に出回るカンキツ類が少なくなる4月に完熟します。
このため,端境期に出荷可能なカンキツ品種として貴重です。 先日,当部のカンキツ研究圃場を巡回していたら,露地栽培している「黄宝」の果皮が鮮やかな黄色を呈しており,もうすぐ収穫できそうです。
当部が推奨する,これらの有望2品種を本県のカンキツ産地で多くの方々が生産してくださることを期待しています。
(果樹研究部Yy&Nh)

令和4年4月4日 サクラの開花とともに果樹の農作業が一段と慌しくなりそうです

果樹研究部にある谷川沿いの桜並木満開のマメナシの花ナシ「豊水」の花蕾

 4月1日の研究員日記では,果樹研究部と管理第二課のある安芸津職場のサクラの花が満開となったことを紹介しましたが,ここの敷地内で最も見栄えするサクラは,隣接する農研機構との谷筋に植えてある,小川沿いのサクラ並木です。
このサクラ並木は,この職場が開設されたころに植えられた樹なので,既に50年を経過した老木で,樹容積が大きい割には花の量が以前に比べて少なくなりつつあります。
しかし,一段と高い位置にある園内道から眺めると,いまだに満開時には見事な咲きっぷりで,今年も私たちの目を楽しませてくれています。
一方,当部のモモ園に目を移すと,3月24日の研究員日記で紹介した,早咲き品種のモモ「さくひめ」は既に落弁期に差し掛かっており,モモ「あかつき」の花が咲き始めています。
ナシ園では,早咲き系統のマメナシがちょうど満開となり,白い可憐な花を咲かせていますが,主要品種の「豊水」や「幸水」は花蕾が膨らみ,うっすらとピンクがかった蕾がやっと顔を覗かせ始めたところです。
サクラの開花とともに果樹の生育も次第に加速していますので,当部における本年の農作業も一段と慌しくなりそうです。
(果樹研究部Nh)

令和4年4月4日 県内の足場管ハウス建設企業様,関係業者様とアスパラハウス・足場管ハウス

視察の様子3視察の様子4

足場管ハウスの建設を担う県内企業様と電気工事会社様が来所されました。
ハウス内の制御機器である自動灌水システムや自動調光システム等の設置方法や注意事項について聞き取られていました。
(栽培技術研究部S&K)

令和4年4月4日 尾道の新規就農予定者,ハウスアスパラガス・足場管ハウスを視察

視察の様子1視察の様子2

尾道の新規就農予定者の方が,当センターの圃場見学に来られました。
アスパラ高畝栽培の導入を希望されており,畝の幅や土の種類などの詳細についての質問に対し,研究員が懇切丁寧に答え理解を深めていただきました。
(栽培技術研究部S&K)

令和4年4月1日 青空の下で,安芸津職場で新年度がスタート

ミカン園の法面に生えた土筆果樹研究部敷地内にある満開の桜

今日から4月となり,果樹研究部と管理第二課のある安芸津職場では,ミカン園の法面には土筆が顔を覗かせ,晴れ渡った青空の下ではサクラの花が満開となり,ちょうど見ころを迎えています。
当職場では,当センターの安芸津と八本松に新たに着任された8名の職員をお迎えし,本日の午後に着任式が行われました。
この後,安芸津の職場では,オリエンテーションが開催されました。
新たに着任された皆さんには一日も早く職場に馴染んで頂き,共に,総合力,供創力,発信力を発揮し,新たなイノベーション創出を目指しましょう!
(果樹研究部&管理第二課

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