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転勤命令を争点とした裁判例|労働相談Q&A

印刷用ページを表示する掲載日2018年8月1日

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転勤命令を争点とした裁判例

東亜ペイント事件(最二小判昭和61年7月14日)

単身赴任を伴う転勤命令に関する例
「上告会社の労働協約及び就業規則には,上告会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり,現に上告会社では,全国に十数か所の営業所等を置き,その間において従業員,特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており,被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社したもので,両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては,上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し,これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。」
「そして,使用者は業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから,使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

ケンウッド事件(最三小判平成12年1月28日)

共働きの女性労働者に対する転勤命令に関する例
(幼児を保育園に預けている女性従業員に対して,会社が東京都目黒区から八王子市所在の事業所への異動を命じたが,その従業員は,幼児の保育に支障が生じるとして拒否し,長期欠勤した。会社側は,その女性労働者を停職・懲戒解雇処分とした。)
「被上告人の就業規則には,『会社は,業務上必要あるとき従業員に異動を命ずる。なお,異動には転勤を伴う場合がある。』との定めがあり,被上告人は,現に従業員の異動を行っている。上告人と被上告人の間の労働契約において就労場所を限定する旨の合意がされたとは認められない。」
「右事実関係等の下においては,被上告人は,個別的同意なしに上告人に対しいずれも東京都内に所在する企画室から八王子事業所への転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。もっとも,転勤命令権を濫用することが許されないことはいうまでもないところであるが,転勤命令は,業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合でない限りは,権利の濫用になるものではないというべきである……。本件の場合は,前記事実関係等によれば,被上告人の八王子事業所のAプロジェクトチームにおいては昭和62年末に退職予定の従業員の補充を早急に行う必要があり,本社地区の製造現場経験があり40歳未満の者という人選基準を設け,これに基づき同年内に上告人を選定した上本件異動命令が発令されたというのであるから,本件異動命令には業務上の必要性があり,これが不当な動機・目的をもってされたものとはいえない。また,これによって上告人が負うことになる不利益は,必ずしも小さくはないが,なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。したがって,他に特段の事情のうかがわれない本件においては,本件異動命令が権利の濫用に当たるとはいえないと解するのが相当である。」

帝国臓器製薬配転事件(東京高判平成8年5月29日)

転勤命令に当たって,使用者に対し,これに伴う不利益を軽減回避するための措置をとることを求めた例
「A(労働者)は,本件転勤命令は,Aの単身赴任を余儀なくさせ,Bと同居して子供を監護養育することを困難にさせたので,基本的人権である『家族生活を営む権利』を侵害し,また,『女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約』等の趣旨に反するものであるから,公序良俗に違反するなどと主張する。
しかし,右主張は次のとおり採用できない。すなわち,1.被控訴人会社は,長年にわたり,人材育成と人的組織の有効活用の観点から,医薬情報担当者等について,広域的な人事異動を実施しているところ,Aは,……都内を担当する職員の中で最も担当期間の長い職員の一人であったことに照らすならば,Aについてのみ,特別の事情もなく,異動の対象から除外することは,かえって公平を欠くことになるといえること,2.これに対して,本件転勤命令によってAの受ける経済的・社会的・精神的不利益は,前記のとおり,社会通念上甘受すべき範囲内のものということができること,特に,3.本件転勤命令における転勤先である名古屋と東京とは,新幹線を利用すれば,約2時間程で往来できる距離であって,子供の養育監護等の必要性に応じて協力をすることが全く不可能ないし著しく困難であるとはいえないこと,4.被控訴人会社は,支給基準を充たしていないにもかかわらず,別居手当を支給したほか,住宅手当(赴任後1年間)を支給したことなど一応の措置を講じていることなどの事情を考慮すると,本件転勤命令により,Aが単身赴任を余儀なくされたからといって,公序良俗に違反するものということはできない。」
「なお,Aは,労働契約及び就業規則が,Aらの『家族生活を営む権利』等を侵害することを許容する趣旨を含んでいるとするならば,労働契約及び就業規則自体が公序良俗に違反するものとして無効とすべきであると主張するが,前記のとおり本件転勤命令が公序良俗に反しているとはいえない以上,右主張は前提において採用できない。また,Aは,そのような場合に,労働契約及び就業規則の効力を限定的に解釈すべきであるとも主張するが,家族生活を優先すべきであるとする考え方が社会的に成熟しているとはいえない現状においては,右主張も採用できない。」
「Aは,労働契約において,勤務場所の変更により,労働者に過重な負担を強いることとなる場合には,労働契約における信義則上の配慮義務として,その過重な負担を軽減させるための措置を講ずることが使用者に課されていると解すべきところ,被控訴人会社は右配慮を尽くさなかったと主張する。右の点の判断については,原判決……のとおりであるからこれをここに引用する。」

原審・東京地判平成5年9月29日

「転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に影響を与え,特に,家族の病気の世話,子供の教育・受験,持家の管理,配偶者の仕事の継続,赴任先での住宅事情等のやむをえない理由から労働者が単身赴任をしなければならない合理的な事情がある場合には,これが労働者に対し経済的・社会的・精神的不利益を負わせるものであるから,使用者は労働者に対してこのような転勤を命ずるに際しては,信義則上,労働者の右不利益を軽減,回避するために社会通念上求められる措置をとるよう配慮すべき義務があるものというべきである。」
「本件勤務命令についてみるに,被控訴人会社においては,1.単身赴任手当として,6坪程度の借上住宅を,借上家賃の1割で提供し,6か月間はその半額で提供する旨,また,2.別居手当として,家族が転居できない所定の事由がある場合に限り,2年間又は1年間を限度に,一定金額を支給する旨の定めがあったが,Aのように妻の勤務継続を理由とする単身赴任については,右所定の事由には該当しなかった。しかし,被控訴人会社は,Aに対し,別居手当として,昭和60年4月2日から1年間合計15万8,600円を支給し,社宅としてAの希望により独身寮一室を使用料月額1,200円(6か月間半額減額)で提供したものであり,右被控訴人会社の実施した具体的措置に照らすならば,被告会社に労働契約上負うべき信義則上の配慮義務に欠けるところはないものというべきであり,被告会社の就業規則のその後の改定内容からみれば,Aに対しても別居手当・住宅手当の支給継続,一時帰省旅費の支給など経済的援助の拡充を検討する余地があったと考えられるが,特段の事情が認められない限り,別居手当・住宅手当,一時帰省旅費を支給する単身赴任者の範囲及びその額については各企業の実情に応じた人事施策に委ねられるべきものと考えられ,配慮義務の違反があったとすべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。」
(一部,高裁により訂正付加)

北海道コカ・コーラボトリング事件(札幌地決平成9年7月23日)

労働者の家庭状況から配転が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの」として無効とされた例
債権者(労働者)は,妻,長女,長男,二女と同居しているところ,長女(中3)については,躁うつ病(疑い)により同一病院で経過観察することが望ましい状態にあり,二女(小3)については脳炎の後遺症によって精神運動発達遅延の状況にあり,定期的にフォローすることが必要な状態であるうえ,隣接地に居住する両親の体調がいずれも不良であって(父:70歳,右足障害で身体障害6級。母:67歳,子宮切除後体調不良,白内障の手術必要)家業の農業を十分に営むことができないため,債権者が実質上面倒を見ている状態にあることからすると,債権者が一家で札幌市に転居することは困難であり,また,債権者が単身赴任することは,債権者の妻が,長女や二女のみならず債権者の両親の面倒までを一人で見なければならなくなることを意味し,債権者の妻に過重な負担を課すことになり,単身赴任のため,種々の方策がとられているとはいえ,これまた困難であると認められる。そして,債権者が右のような家庭状況から,札幌への異動が困難であることに加えて,帯広工場には,協調性という要件には欠けるが(対象者の30%が欠けるとされているが,判決はこれを不自然として,協調性は付随的要件であると推認している),その他の要件を満たす者が他に5名もいることを考慮すると,これらの者の中から転勤候補者を選考し,債権者の転勤を避けることも十分可能であったと認められるから,債務者は,異動対象者の人選を誤ったといわざるをえず,債権者を札幌へ異動させることは,債権者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるというべきである。」