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13-6 中高年労働者の賃金引下げに関して留意すべき点はなにか|労働相談Q&A

印刷用ページを表示する掲載日2018年7月31日

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13-6 中高年労働者の賃金引下げに関して留意すべき点はなにか

質問

我が社は厳しい経営状況が続いているため,就業規則を改正して,55歳以上の従業員の基本給を20%カットすることを考えています。労働コストの縮減のために,この改正は必要であると思っていますが,何か留意すべき点はあるでしょうか。

回答

<ポイント!>

  1. 就業規則の不利益変更は,合理性がある場合に限って有効とされます。
  2. 加齢による労働能力の低下を理由に賃金引下げを行うことに対しては,慎重な対応が望まれます。

就業規則の不利益変更

就業規則の変更により,中高年労働者を対象に労働条件の引下げを行うことは,判例法理によれば,その変更が合理的なものかどうかということで,その効力が決まってきます。労働者の同意を得ずに,労働条件を一方的に変更することはできませんが,就業規則の不利益変更によってこれを行うときは,その変更に合理的な理由がある場合には,効力を有するとされています(秋北バス事件・最大判昭和43年12月25日)。詳しくは,「就業規則の不利益変更を会社が一方的にできるか」の項を参照してください。
なお,労働協約が不利益に変更された場合に,それに反対する組合員等はどうなるのかについては,判例の立場は,原則として労働協約の不利益変更は有効であり,変更に反対する組合員の労働条件もこれに伴って引き下げられるが,例外的に「改訂労働協約が極めて不合理であるとか,特定の労働者を不利益に取り扱うことを意図して締結されたなど,明らかに労組法,労基法の精神に反する特段の事情」がある場合には違法・無効とされています(日本トラック事件・名古屋地判決昭和60年1月18日,朝日火災海上保険(石堂)事件・最一小平成9年3月27日ほか)。

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中高年の労働条件引下げに関する裁判例

みちのく銀行事件・最一小判平成12年9月7日

昭和61年及び昭和62年の2次にわたり,「労組」(組合員1,482名(全従業員の73%))の同意の上導入した(就業規則改訂による)55歳役職定年制・賃金等抑制措置が無効とされた事件です。なお,同銀行には,「労組」のほか,少数派の「従組」(組合員23名(全従業員の1.5%))があり,同組合はこの措置に反対し,本件原告(上告人)らは「従組」の組合員でした。
最高裁は,次のように判示して,原審判決(仙台高裁判決)を破棄し,原審に差し戻しました(なお,その後,差戻審(仙台高裁判決平成14年2月12日)で,この最高裁判決に沿い,差額賃金約7,150万円などの支払を命じる判決があり,今度は上告されることなく判決は確定しました)。

  1. 判断基準:最高裁判例の「不利益変更の合理性判断基準」に従う。
  2. 55歳役職定年制及び賃金等抑制措置自体の必要性:次の事情を考慮すると高度の経営上の必要性を認めることができる。
    ア)同銀行は,基本的に年功序列型賃金体系をとり,早くから60歳定年制をとっていたため,他の地銀に比べて高齢化が進み,賃金も高かったこと,
    イ)経営効率を示す諸指標が全国地銀中下位を低迷し,金融機関の競争が激化しつつあったこと。
  3. 役職定年制(55歳以上の管理職層及び監督者層の専任職階への異動)の合理性:これに伴う賃金減額を除けば,格別の不利益を与えるものではなく,合理的である。
  4. 55歳以上の職員の賃金等削減の相当性:
    ア)大きな削減である:55歳以上の者の賃金は,
     a)他の職員の基本給等が増額されても増額されず,
     b)専任職に発令されると,基本給の約半分を占める業績給が50%削減され,3万ないし12万円程度の役職・管理職手当が支給されず,
     c)賞与の額も大きく減額される。その結果,経過措置が適用されなくなる平成4年度以降の賃金は,得べかりし標準賃金額の概ね40%程度の減額となる(上告人らの賃金:960万円→530万円,720万円→420万円,800万円→420万円など)。
    イ)労働者の減少もほとんどない:所定労働時間に変更はなく,職務内容も専任職発令前とほぼ同様である。上告人らの中には,課長の肩書きがはずされた者もいるが,数10%の賃金削減を正当化するに足りる職務軽減が現実に図られているとはいえない。
    ウ)格別の代償措置も講じられていない:
     a)早期退職時の賃金増額―上告人らには関係しない。
     b)企業年金掛金の使用者負担の若干の増額―賃金額減額による厚生年金水準の低下の一部を補うものに過ぎない。
     c)特別融資制度・住宅融資制度の改善―数10%の賃金削減を補うような重要なものと評価することはできない。
    エ)減額後の賃金水準は格別高いものではない:減額後の賃金が,青森県における平均賃金や,定年延長をし延長後の賃金を低く抑えた一部企業の賃金水準に比べて,なお優位にあることは確かである。しかし,上告人らが高年層の事務職員であり,年齢・企業規模・賃金体系等を考慮すると,格別高いとはいえない。また,上告人らは,段階的に賃金が増加するとされていた賃金体系のもとで長く就労し50歳代に至ったところで,定年5年前に賃金頭打ちどころか,半額に近い程度に切り下げられたのであり,これは,55歳定年制の企業が定年を延長し,その上で延長後の賃金水準を低く抑える場合と同列に論じることはできない。
    オ)高年層にのみ負担を負わせるものである:本件措置は,高年層の雇用の継続や安定化等を図るものではなく,逆に,彼らの労働条件をいわゆる定年後在職措置ないし嘱託制度に一方的に切り下げるものである。他方,中堅層の賃金は格段の改善をみており,同銀行の人件費全体も逆に上昇している(本件措置により,年間数10億円の削減効果があったにもかかわらずである)。企業経営上,賃金引下げの差し迫った必要性があれば,各層行員に応分の負担を負わせるのが通常であるが,本件はそのような,差し迫った必要性はない。
    カ)結論―相当性はない:いわゆる年功序列型の賃金体系を変更することが,企業ないし従業員全体の立場から巨視的,長期的にみれば,企業体質を改善するものとして,相当性を肯定することができる場合もあろう。しかし,本件の場合には,短期的には,特定の層にのみ多大の負担を負わせるものであり,こうした場合には,適当な経過措置を講じ不利益を軽減するなどすべきであるが,そのような措置も本件では十分ではない。したがって,上告人らとの関係においては,本件措置は相当性がないといわざるを得ない。
  5. 多数派「労組」の同意の意味:本件で,上告人らが被る不利益性の程度や内容を勘案すると,合理性評価の際に「労組」の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではない。
  6. まとめ―本件措置は合理的なものとはいえない:企業存続の危機や高度の経営危機状態にあるときは,このような人件費抑制も合理的なものとして認めることができる場合がある。しかし,本件は,就業規則変更をする経営上の高度の必要性があるとはいっても,中堅層の労働条件の改善をするかわりに55歳以降の賃金水準を引き下げたもので,差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図るものではない。そうすると,本件措置は,他の事情を勘案しても,専ら高年層の行員に対してのみ大きな負担を負わせるもので,これを彼らに法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づく合理的な内容のものであるということはできない。

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第四銀行事件・最二小判平成9年2月28日

この銀行では,慣行としての58歳までの定年退職制度(定年年齢は55歳)を改め,60歳定年制を実施することにし,そのように就業規則を変更しました。問題は,定年年齢の延長にもかかわらず,定年までに受け取る賃金総額が減少するということでした。
最高裁は,この就業規則の変更は合理的であり,有効と判断しました。判旨は次のとおりです。
確かに,新制度は,2年間の雇用延長にもかかわらず受け取る賃金総額,退職金の合計額は減少して(定期昇給廃止・ボーナス支給率減などで,旧制度下の55~58歳の合計額より,新制度下の55~60歳の合計額は約20万円少ない),「この不利益はかなり大きなものである。特に,従来の定年である55歳を間近に控え,58歳まで定年後在職制度の適用を受けて54歳時の賃金を下回ることにない賃金を得られることを前提として将来の生活設計をしていた行員にとっては,58歳から60歳までの退職時期が延びること及びそれに伴う利益はほとんど意味を持たないから,相当の不利益とみざるを得ない」。
しかし,次に掲げる諸般の事情を考慮すると,「そのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると認めることができないものではない」。

  1. 定年延長は社会的要請(「昭和58年当時,60歳定年制はいわば国家的な政策課題とされていた」)及び労組の要求により,高度の必要性があったこと,
  2. 他方,定年延長に伴う人件費増大・人事の停滞等をおさえる必要が生じ,特に同銀行の場合,中高年齢層行員の比重が地方銀行の平均よりも高く,今後更に高齢化が進み,役職不足も拡大する見込みがある反面,経営効率及び収益力が十分とはいえない状況にあり,55歳以降の賃金水準等を見直す高度の必要性があったこと,
  3. 55歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえず,また,見直し後の労働条件は多くの地銀のそれと同様であり,その賃金水準も他行や社会一般の賃金水準と比較して,かなり高いこと,
  4. 55歳から60歳に定年が延長されたことは,女性行員及び健康上支障のある男性行員には明らかな条件改善であり,それ以外の男性行員にも,健康上多少問題が発生しても,60歳までは雇用が保障されるという利益は決して小さいものではないこと,
  5. 福利厚生制度の適用延長・拡充,特別融資制度の新設等の措置は,年間賃金の減額に対する直接的な代償措置とはいえないが,不利益を緩和するものであること,
  6. 本件就業規則の変更は,行員90%(50歳以上だと約6割が組合員)で組織する労組との交渉・その同意(労働協約締結)によりなされたものであるから,「労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであると一応推測することができること」,
  7. 本件労働条件(定年制,55歳以降の賃金制度など)は統一的かつ画一的に処理すべき内容のものであること。

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慎重な対応が望まれます

近年,役職定年制や昇給停止など,中高年労働者の処遇の見直しが進められています。その主な理由は,加齢とともに労働能力が低下するにもかかわらず,労働コストがかさむというもののようです。しかし,肉体的能力を用いる職種についてはともかく,知的能力を主とする職種については加齢により労働能力が低下すると断言することには疑問があります。また,労働コストに関しては,中高年労働者の労働能力に応じて報酬も高いという側面があることを忘れてはならないでしょう。
これから,少子高齢化が急速に進むことが予想されます。「より少ない若者とより多い中高年」による効果的な仕事の進め方を考えていく必要があるでしょう。

こんな対応を!

中高年労働者の賃金カットを行うことに,高度の必要性があり,変更後の就業規則の内容が合理的であるかをよく考慮して判断してください。
具体的な基準については,「就業規則の不利益変更を会社が一方的にできるか」の項の「合理性の要件」を参照してください。