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復興を支えた被爆電車 第1回「651号」

印刷用ページを表示する掲載日2020年7月17日

たった1発の原子爆弾によって広島が壊滅した1945(昭和20)年8月6日。広島の街は焼け野原となり、当日だけでも約5万3000人以上、同年の年末までに約14万人といわれる多くの無辜の市民が犠牲となりました。

現在、広島の街を象徴する風景の一つでもある路面電車も壊滅的な被害を受け、全線不通となりました。しかしながら、原爆投下からわずか3日後、関係者たちの不撓不屈の努力によって一部区間が復旧し、路面電車は運転を再開したのです。その後、被爆した電車の多くは修理され、市民の足として復帰を果たしました。

この被爆しながらも復活した電車は、いつしか「被爆電車」と呼ばれるようになり、復興へと歩みだした広島の街を支えてきたのです。そして現在でも3両の被爆電車がこの街で走り続けています。今回はそのうちの1両である651号を紹介します。

https://hiroshimaforpeace.com/atomic-bombed-trams-that-supported-the-reconstruction-of-hiroshima-part-1-car-no-651/

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