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現在地ひろしまたてものがたり

たてもの情報(7)|広島平和記念資料館


印刷用ページを表示する 掲載日:2017年10月3日更新

広島平和記念資料館戦後の広島の暮らしを見つめてきた日本におけるアーバンデザインの先駆け/Hiroshima Peace Memoial Museum Main Building


戦後日本の建築の出発点であり、
被爆の実相を伝える施設

広島平和資料館 

 国内外から多くの人が訪れる平和記念公園にあるたてもの。被爆の実態を世界の人々に伝えると同時に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて寄与することを目的に、昭和30年(1955)に開館します。

きっかけとなったのは、昭和24年(1949)に成立した「広島平和記念都市建設法」です。その中で、平和記念公園の建設が決定し、公園内に平和記念施設の機能として原子爆弾災害資料の陳列室他、様々な施設を備えることとなります。平和記念公園の整備とその中の施設を作るための設計競技が行われ、当時東京大学助教授だった丹下(たんげ)健(けん)三(ぞう)氏のグループの作品が、145作品の中から1等に入選し採用されます。丹下にとって広島は、学生生活を送った思い出の地であり、建築の道を志したのも旧制広島高校の図書室でル・コルビュジェの「ソビエトパレス」に出会ったのがきっかけとされており、その影響を受け「モダニズム」と呼ばれる装飾のないシンプルなデザインを施した広島平和記念資料館は、戦後の日本建築としてはじめて世界的な評価を受けた作品のひとつとなります。


竣工/1955年○月
設計者/丹下健三計画研究室
住所/広島市中区中島町1-2
問合せ先/082-241-4004
交通アクセス/JR広島駅から広島電鉄「原爆ドーム前」電停から徒歩5分
公開情報/見学可能(3月~11月)8:30~18:00 8月は19:00まで (12~2月)8:30~17:00
入館料/大人200円,高校生100円,中学生以下無料
撮影/OK(展示室は不可)
HP/http://www.pcf.city.hiroshima.jp/


写真データダウンロード(御自由にお使いください。)

平和資料館①

「社会的人間の尺度」や「人間の尺度」と名付けた独自の寸法を駆使して資料館の階高や幅 (その他のファイル)(11.85MB)

平和資料館②

 ピロティの階高は「社会的人間の尺度」,階段踊り場の高さは「人間の尺度」 (その他のファイル)(10.28MB)

平和資料館③

10本の柱は,弓型に2列配列した構造で,横一列ではなく微妙に前後して「つづみ形」を描く (その他のファイル)(9.79MB)

平和資料館④

ピロティの柱は,当時建設中のユニテ・ダビタシオン(フランス)を参考にした厚み (その他のファイル)(10.36MB)

平和資料館⑤

「人間の尺度」が明確に現れているとされているとされる階段の踊り場 (その他のファイル)(11.25MB)


今回ご紹介した建物は11月11日(土)に建物の解説を受けながら見学をすることができます!
詳しくは「たてものがたりフェスタ2017」のページをご覧下さい!


昭和28年(1953)11月に着工し、昭和30年(1955)3月に竣工した広島平和記念資料館は、多数の被爆資料を展示しています。建物の構造は、建物全体を平和記念公園のゲートとするアイディアを取り入れ、高床校倉造りをイメージした造り。ピロティ(1階の吹きさらし空間)に支えられている2階の展示室は、ラーメン構造(柱と梁と剛接合している構造)になっており、この高床とラーメン構造の組み合わせが外観と構造上の特徴とも言えます。また数学的な規則性を与えた人間の尺度、社会的人間の尺度というものを定義して各部の寸法にしています。こうすることで、シンプルな建物ではありながらも、見どころの多い建物になっています。竣工後は、三度の大改修に取り組んでいる他、平成6年(1994)には、平和記念資料館の東館として平和記念館が新築されています。国指定重要文化財。

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