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1-7 研修参加後に退職した場合,研修費用を返還しなければならないという定めは有効か|労働相談Q&A

印刷用ページを表示する掲載日2018年7月31日

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1-7 研修参加後に退職した場合,研修費用を返還しなければならないという定めは有効か

質問

私は,昨年,会社の長期にわたる海外研修に参加しましたが,家族の介護のため,急に退職することとなりました。この研修に参加した場合には,退職が制限されており,退職する場合は,その研修に要した経費を賠償することとなっています。この研修に参加した経費を賠償しなければならないのでしょうか。

回答

<ポイント!>

  1. 労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約を結ぶことは禁じられています。不法行為による損害賠償額の予定も,同様に禁止されています。
  2. 使用者が労働者の保証人との間で,同様な契約を結ぶことも禁止されています。

賠償予定の禁止

使用者は,労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約をしてはいけないこととなっています(労働基準法第16条)。
なお,同条で禁止されているのは,賠償額の「予定」であり,労働者の債務不履行又は不法行為により現実に発生した損害額について,使用者が賠償請求を行うことは妨げられてはいません。したがって,たとえば操作を誤って高価な機器を破損した場合など,職務上の過失があるときは労働者が損害賠償責任を負う可能性があります(ただし,この場合も,「諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」で使用者は労働者に賠償請求ができるものとされ(茨城石炭商事件・最一小判昭和51年7月8日),労働者に故意や重過失がない限り,損害額全額について賠償責任を負うことはありません)。

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研修・留学費用と本規定に関する事例

使用者が費用を出して労働者に海外留学や技能習得をさせる場合に,修学後直ちに辞められては困るので,修学の費用を使用者が貸与する形式をとり,修学後一定期間勤続の場合はその返還を免除する契約を行うことがあります。
このような扱いが賠償予定禁止規定に反するかどうかについて,裁判所は,研修・留学の業務性を中心に,返還免除基準の合理性(基準が明確かどうか,期間が不当に長すぎないかなど)および返還額の相当性(賃金・退職金と比較して高すぎることはないか,勤続期間に応じて減額措置がとられているかなど)などの事情を総合的に考慮して判断しているものと思われます。
たとえば,美容室とその従業員間で締結された,当該従業員が「勝手わがままに」退職した場合は,従業員は美容室に対し採用時に遡って美容指導料を支払う旨の契約について,美容指導の実態は新入社員教育とさして違いはなく,その負担は使用者が本来負うべきものであり,この契約は退職の自由を不当に制限するもので賠償予定の禁止に違反するものとされています(サロン・ド・リリー事件・浦和地裁判昭和61年5月30日)。
また,海外研修制度に関する事例についても,海外企業に派遣され,その企業の従業員と同様に働き実務を経験しながら研修したケース(富士重工業事件・東京地判平成10年3月17日),海外留学規程で会社業務に関連する留学先を選択すべきことが定められ労働者が実際にもその範囲内で留学先を決定し,帰国後も留学で習得した技能を生かした職務に従事したケース(新日本証券事件・東京地判平成10年9月25日)では,このような派遣・留学費用は業務遂行ないしは業務遂行能力向上のための費用として本来使用者が負担すべきものであり労働者には負担義務はなく,その返還を求めることは賠償予定禁止規定に反するとされています。これに対して,留学への応募・留学先の決定などが労働者の選択にゆだねられ,留学先での学位取得が労働者の担当業務と直接には関係なく,一方,学位取得は労働者の転職には有益であるとされたケース(長谷工コーポレーション事件・東京地判平成9年5月26日)では,これらの事情に照らすと,本件留学を業務とみることはできず,留学費用を労使当事者いずれが負担するかは,労働契約とは別に,当事者間の契約で定めることができ,留学費用の返還を求めることは損害賠償予定禁止規定に反するものではないとされています。

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こんな対応を!

今回のように,使用者が労働者の研修や資格取得などの費用を負担する代わりに,以後一定期間にわたる勤務を約束させ,これを守らない場合に費用分の返還を義務づける場合は,16条の違反となります。
一般的には,労働契約の不履行があった場合の違約金について事前に定めることは,労基法第16条に違反する場合が多いと思われますが,実際にはその判断が困難な場合が多いのが現実です。このため,事前の賠償予定を定めることが法的に禁止されていることを踏まえ,その運用が従業員の退職等を制限し,職業選択の自由を侵さないよう,使用者と従業員の間で疑問点について話合いを行い,適正な取扱いの確保に努力する必要があります。