このページの本文へ
ページの先頭です。

会員コラム Vol.19

印刷用ページを表示する掲載日2022年4月19日

2022.6.14

Vol.19

「カーボンニュートラルに向けた新技術導入戦略のコンサルティング」

1. カーボンニュートラルに向けた多様な技術の必要性

(1) 猫の手も借りたい温暖化対策

 少し昔の話になりますが、プリンストン大学のグループがClimate Stabilization Wedgeというアプローチを開発して、これが高校の教材として採用されたために広く普及したことがありました。このアプローチは、予想される将来のCO2排出量の増加曲線と削減目標に挟まれた三角形(削減すべきギャップ:Stabilization triangle)をさまざまな対策・技術の導入による削減量を表すくさび形(Wedge)をはめ込むことで解消するというものです。

 CO2排出削減に関する我が国の野心的目標を達成するためには、単純に量的な問題としても様々な技術や施策による多くのStabilization Wedgeを組み合わせた複合的な取り組みが必要となり、まさに“猫の手も借りたい”状態にあると言えます。

 

(2) 技術間競争の可能性

 現実はStabilization Wedgeのように単純なものではなく、各技術や施策に対応するくさび形は時間と共に形を変えて行きますが、その要因として重要なものが分野間競争です。

 例えば、再生可能エネルギーの価格低下は化石エネルギーや原子力の技術革新を誘発し、これら既存技術の競争力を高めるとともに再生可能エネルギーとの共生を目指した新たな活用方法なども模索されています。

 技術競争による排出削減コストの低減や異種技術のシナジーによる温暖化対策ポートフォリオ全体としての合理性の向上に向けた努力はこれから益々活発化していくものと考えられます。

 

(3) 不確実性に備える複線的シナリオ

 新たな安全規制のもとでの原子力発電所新増設のコスト増や再生可能エネルギーの安定供給の要となる蓄電技術の将来のコスト予測等々、様々な温暖化対策や技術はそれぞれ内在的な不確実性を持っています。

 また、これに加えて、原子力発電の社会的受容性や化石燃料に対する投資引き上げ(ダイベストメント)がCCSを付加した場合でも適用されるか否か、あるいは種々の地政学的リスク(ウクライナ情勢等による天然ガスの調達可能性の制約や太陽光発電パネルの中国企業による独占等)といった外部環境の不確実性があります。

 これらの不確実性に抗するためには、それぞれの技術に内在する不確実性に配慮しつつ社会環境等の変化に対する耐性の異なる多様な技術を組み合わせることで頑健かつレジリエンス性のある温暖化対策ポートフォリオを組み上げることが重要となります。

 

 こうしたことから、既存技術の技術間競争と相互補完の動きは今後ますます活発化し、さらに幅広い新技術の開発・導入によって温暖化対策技術の裾野を広げていく取り組みが本格化していくことが予想されます。

 

2. 技術導入に求められる多面的思考

 今や温暖化対策と無縁な技術分野を挙げることの方が難しいほど実に多様な対策や技術が構想・検討されています。これらの対策や技術の萌芽には、単なるアイディアで実現可能性も未検証なものからかなり有望な技術まで含まれており、まさに玉石混交といった状況にあります。

 こうした状況は幅広く可能性を探るという意味で必要かつ好ましいものであると考えられますが、これらを社会実装し野心的な削減目標の達成に貢献していくためには、適切な時点でそれぞれの技術のフィージビリティを精査し“選択と集中”のモードに推移していくことが必要となります。

 

 新技術の導入の可否を判断するためのフィージビリティ評価においては、(1)スケールに関する制約(将来的にどの程度の削減量にまで拡大することが可能か)、(2)CO2排出削減効果(原理的にどの程度効率的に排出削減を行うことが可能かそしてどのようにしてそれを検証できるか)、(3)経済合理性、(4)ステークホルダーの合意、(5)リスクマネジメントといった様々な側面からの多面的な検討が必要です。

 温暖化対策に関する新技術の導入戦略の立案にあたっては、まず、各技術の特徴を上記の(1)〜(5)のそれぞれの視点で(可能であれば定量的に)把握します。その上で、社会情勢等に関して考えられる様々なシナリオにおいて円滑な社会実装に向けた方策を考え、また、問題となり得る阻害要因などを抽出しこれらへの対策も検討します。そして、こうした多面的な評価の結果を踏まえて候補技術間の比較を行い優先順位や重要度分類を行うという手順が必要です。

 

3. 新技術導入におけるコンサルティングの事例

 当社は英国の研究コンサルティングファームであるQuintessa社の日本支社として1999年に設立され、その後、現地法人(クインテッサジャパン)となり、現在は独立した企業(株式会社QJサイエンス)として業務を行なっています。

 当社の業務は様々な技術のライフサイクルを通じて、適宜、顧客と課題を共有し必要なコンサルティングを提供するというものです。この中には、原子力分野の放射性廃棄物地層処分や二酸化炭素分離回収のように確立された技術の社会実装フェーズでの種々のコンサルティングから、様々な新技術に対する“選択と集中”に先立つフィージビリティスタディまで様々なサービスが含まれます。

 ここでは、前節でご説明した新技術の導入に関するコンサルティングの事例として、風化促進技術(ERW: Enhanced Rock Weathering)について簡単に紹介します。

 

 ERWは玄武岩などの塩基性岩石の粉末を森林や農地に散布し下図に示す二つのプロセス(プロセス1:岩石の風化に伴いアルカリイオンとCO2の反応を通じて炭酸塩鉱物として固定化する、プロセス2:岩石の風化に伴い溶出するイオンが雨水と共に海洋に流出し海水のアルカリ度が上がることにより海洋による大気中のCO2吸収量を増大する)で大気中のCO2を吸収あるいは固定化するという技術です。

QJ1

 

図1 風化促進技術(ERW)による大気中のCO2吸収・固定化の原理

 

 前節で紹介した多面的な視点からのフィージビリティスタディをERWに適用した例が下図です。ここでは、スケールに関する制約として玄武岩の入手可能量や農地面積等を検討する必要があるなど各技術の特徴や課題に即して現実的な問題設定を行う必要があります。また、各課題の右側に青字で書いたものはそれぞれのテーマに即して当社が提供するコンサルティングサービスの例です。

QJ2

図2 新技術導入に関するフィージビリティスタディにおける多面的検討(ERWの例)

 

  アカウンティングやコスト評価そして社会的合意形成に関する検討などは各技術で共通的な手法を用いることが可能な点も多く、また、こうした点については比較のためにも整合性のある手法を用いることが望ましいと考えられます。

 他方、それぞれの技術にユニークな問題もあり、これらの課題については、都度、関連する分野の専門家とタスクフォースを形成して取り組むことが必要となります。下図はERWにおけるCO2削減効率を定量的に評価するための岩石と大気中CO2の反応を含む多成分反応輸送解析というコンピュータシミュレーションの概念を示すものですが、この問題については、当社の保有する汎用のモデル開発環境を用いつつ、地球化学分野の研究者や海洋での炭素収支の専門家と協働して解析を行なっています。

QJ3

図3 ERWのCO2削減効率評価のための多成分反応輸送解析の概念

 

 今後さらに幅広い技術の導入に際して多様な検討が求められると予想されますが、当社がこれまでに蓄えた分野横断的な知識とスキルを活用して社会そして顧客に役立てていただけるようなコンサルティングサービスを提供して参りたいと考えております。

 

📌著者プロフィール

高瀬博康(たかせ ひろやす)

株式会社QJサイエンス代表 専門は応用数学と原子力工学。原子力や環境に関連する多くの分野で種々のプロジェクトに参加

https://www.qjscience.co.jp

 

 

おすすめコンテンツ