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平成27年8月6日(木曜日)平成27年度平和記念式典に参列しました

印刷用ページを表示する掲載日2015年8月6日

8時,平和記念公園で行われた広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に参列しました。今年は原爆が投下されてから70年の節目の年となります。安倍総理ほか政府関係者や各国の大使など,多くの方々が参列されました。本日のブログは,式にて私が御挨拶させていただいた全文を掲載させていただきます。(本日は写真はありません。)

原爆犠牲者の御霊に,広島県民を代表して,謹んで哀悼の誠を捧げますとともに,今日なお,後遺症で苦しんでおられる被爆者や,ご遺族の方々に,心からお見舞い申し上げます。

国内外の被爆者の高齢化が進む中,それぞれの実情に沿った援護を受けられますよう,被爆者援護対策の更なる充実に全力を尽くしてまいりたいと思います。

人類史上初めてここ広島に原子爆弾が投下されてから,ついに70年の月日が経ってしまいました。70年前のこの時間,この世の地獄の中で,あるいは一瞬のうちに黒焦げとなり,あるいは焼けただれ水を求めてもがき苦しみながら,我々が今いるこの場所だけでも,幾千もの人々が,街とともに焼き尽くされ,その尊い命を失っていきました。

その中には,多くのうら若き乙女たち,元気な子供たち,そしてあどけない幼子たちも含まれていました。そのことを思うと,改めて胸を締め付ける深い悲しみに,心がふさがれてしまいます。

原爆の恐ろしさはそれだけではありません。被爆から10年後,元気一杯でかけっこの得意な佐々木禎子さんは,突如原爆放射線による白血病を発症し,生きる希望を最後まで折鶴に託しながら,12歳の短い命を閉じることとなりました。70年経た今なお,多くの被爆者が後遺症に苦しみ,怯え,また地獄のトラウマから逃れられず苦しんでおられます。

誰が,どのような理由であれ,核兵器を使うことは非人道性極まりない結末をもたらします。このようなことが二度と繰り返されてはならないことは,慰霊碑に刻まれているとおりであります。

核兵器は永遠に廃絶されなくてはなりません。

核兵器があれば安全が守られる,というのは,頭の中で作った「理論」に過ぎません。一方,広島と長崎が示しているのは,核兵器使用の結末という「現実」であります。人類の叡智は,「相互確証破壊(Mutually Assured Destruction)」など,核兵器を保有したうえでそれをいかに使わないか,といった文字通り「狂った(MAD)」ことにではなく,核兵器をいかに地球上からなくしていくのか,そのためにこそ使われなければなりません。ここ広島は,「理論」に過ぎない「核兵器による安全保障」という神話を,「核兵器による地獄」という「現実」に転換する場所であります。私は,その広島が,人類の叡智を結集し,世界の平和を実現していくための拠点,国際平和拠点にならなければならないと考えます。

近年,核兵器廃絶に向けたアプローチを巡って,核兵器国と非核兵器国との間の溝が深まり,核軍縮の進展を困難なものとしています。これは,ひとえに,核兵器国が核兵器を保有し続けているからに他なりません。

したがって,この溝を埋める責任は一義的には核兵器国が負っています。彼らが今行うべきは核兵器の近代化などではなく,核兵器に依存しない安全保障を実現するために知恵を絞ることです。そして非核兵器国は,核兵器国のそのような努力を忍耐強く促し,知恵を貸し,支援することで,溝を埋める責任の一端を担っています。核軍縮の進展が困難になっている今こそ,すべての人類の叡知を集め,状況の打開を図らねばなりません。私は,被爆地の知事として,世界の政治指導者に,広島・長崎の訪問を呼びかけます。そして核兵器の非人道性の「現実」を見つめ,全ての核兵器の廃絶に向けた決意を固めていただきたいと思います。

広島は今,見事に復興を果たし,美しい姿をもって,紛争で苦しんでいる世界の人々に繁栄の希望をもたらしています。この繁栄の礎は,「平和」であることに他なりません。広島は,核兵器を廃絶し,平和を礎にして世界が発展するため,平和の拠点として世界に貢献していきたいと思います。そのため,広島が,世界の皆さまとともに行動していくことを誓い,私の平和へのメッセージといたします。

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