
中村春吉は「五賃将軍」とも呼ばれた。五賃とは汽車賃、船賃、宿賃、家賃、地賃(地代)のことで、春吉はこれなしで海外旅行をやり遂げたのだ。写真は明治38(1905)年頃に金鉱探しのため韓国を旅行した時のもの。 |
独学で武芸を習得
中村春吉は明治5(1872)年に豊町の御手洗(みたらい)に生まれた。父親が西南戦争の際に西郷隆盛(さいごうたかもり)側について敗れたため、学校にも行けず、少年時代から各地を転々とし、独学で各種武芸を習得したという。当時から放浪癖があったようで、わずか12歳で朝鮮半島への無銭旅行を試み「死ね目に遭った事もある」と本人は語っている。
春吉はその後も何回か海外渡航を試み明治26(1893)年から数年間はハワイに移住。帰国後は各地を渡り歩き、通訳や翻訳の仕事をしていたというが、突然自転車で世界一周無銭旅行をすることを思い立つ。
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