「令和5年度就労支援研修会~一般就労と福祉的支援の狭間にある者に対する支援について~」を開催しました(令和6年2月1日)
「令和5年度就労支援研修会」の開催
概要
広島大学大学院医系科学研究科教授の宮口英樹氏をお招きして、再犯防止施策分野における就労支援等に携わる方々を対象とした、境界知能やコグトレに関する研修会を開催しました。
日時
令和6年2月1日(木曜日)14時~16時30分
場所
広島県庁本館6階 講堂
テーマ
一般就労と福祉的支援の狭間にある者に対する支援について
講師・アシスタント
講師
- 宮口 英樹 氏(広島大学大学院医系科学研究科教授、博士(保健学)、作業療法士、公認心理師)
アシスタント
- 石附 智奈美 氏(広島大学大学院医系科学研究科講師、博士(保健医療学)、専門作業療法士(特別支援教育))
- 佐藤 佳子 氏(一般社団法人広島県作業療法士会事業部司法領域担当副部長、岩国刑務所地域連携事業職員、作業療法士)
次第
開会
あいさつ(広島県環境県民局県民活動課長)
趣旨説明(広島県)
研修
- 講義(コグトレの目的/境界知能とは/コグトレの構成と概要)
- コグトレ演習(認知機能強化トレーニング/認知作業トレーニング/認知社会トレーニング)
- 質疑応答
その他
閉会
研修の様子
趣旨説明
研修に先立ち、境界知能(※1)やコグトレ(※2)をテーマとした趣旨・目的について、県民活動課から説明を行いました。
再犯防止施策が主に想定しているのは、高齢や障害、貧困等の様々な生きづらさを抱えながら、社会的に孤立していることで支援を受けられない人です。施策を推進する上では、これらの人を必要な支援につなげていくことが大切になりますが、境界知能は日常生活に困難を抱えやすいにもかかわらず、障害には該当しないため、外部から支援の必要性を判断することが難しい類型だと考えられます。
これらの理由から、支援者をはじめとした周囲の人が境界知能という特性について理解を深めることが重要と考え、今回このようなテーマで研修を開催することとしました。
(※1)境界知能にある人:IQ71~85未満の人を言い、知的障害と判定されないものの、認知機能の弱さ・対人スキルの乏しさなど生活上の困難を抱えやすいとされています。
(※2)コグトレ:認知○○トレーニングの略称で、認知機能強化トレーニング、認知作業トレーニング、認知社会スキルトレーニングの3つのトレーニングで構成されています。
研修
講義
講義では、境界知能は学習の土台になる「見る」「聞く」「想像する」といった認知機能の弱さにより、日常生活や就労の場面において困難を抱えやすいこと、それによって社会的な不適応を起こしやすいことなど、境界知能という問題に関する基本的な説明をしていただきました。
さらに、この問題の解決に有効とされ、研究が進められている「コグトレ」についても、その構成や目的、内容について、グループワークも交えてわかりやすく説明していただきました。
コグトレ演習
演習では、グループに分かれ、シートを使った演習や、コグトレ棒を使ったトレーニング、姿位伝言課題などを行いました。実際に体験することで、コグトレがどのようなものなのか、より理解を深めることができました。
コグトレ棒の作成
コグトレ棒は新聞紙10枚を重ねて棒状に巻き、ガムテープで留めて作成します。研修参加者で協力して作りました。とても簡単なので、ぜひみなさんも作ってみてください。
完成したコグトレ棒です。コグトレ棒は、身体的な不器用さの改善やボディイメージの向上など、「身体力」アップのワークで使います。
私たちは日々、靴ひもを結ぶ、ボタンをかける、字を書く、はさみを使うなど、身体を使って生活しているため、身体的な不器用さは社会への不適応にもつながる可能性があります。
さらに、仕事においてはさらに高度な「器用さ」が求められるため、安定した就労のためにも「身体力」のアップはとても重要です。
最初とポン
「聞く力」をつけるためのトレーニング、「最初とポン」の様子です。読み上げられる各文章の最初の単語を覚えつつ、途中で色や動物の単語が出てきたときに手をたたきます。
仕事をする上では、上司からの指示や顧客との会話など、相手の話を聞かなければならない場面がたくさんあります。
もし相手の話を正しく聞くことができなければ、間違った作業をしてしまったり、相手のニーズを把握できなかったりと、様々なトラブルが発生することが予想されます。
「最初とポン」では、途中で別の動作が入っても話を忘れないように意識することで、人の話を注意・集中して、しっかり聞く力を養います。
コグトレ棒を使ったトレーニング
コグトレ棒を使った個人トレーニングの様子です。ボディイメージの向上を目的としたトレーニングです。
コグトレ棒を使ったグループワークの様子です。棒を落とさないように隣の人にパスします。
受け取る動作と投げる動作に同時に注意しなければならないため、集中力が必要です。
実際にやってみると、成功させるためにはメンバー同士の声の掛け合いも重要であり、コミュニケーション能力も必要となることがわかりました。
受講者からの感想
今回は就労支援の実務に携わる方から多くのご参加をいただきましたが、受講者の方からは、
「座学だけでなくコグトレを実際に体験することで、非常に勉強になった。」
「実習がとても面白かった。」
「トレーニングを受ける方の気持ちが理解できた。」
「より詳しい研修を受けたい。」などの感想が寄せられました。
まとめ
外部からはわからなくても本人は「生きづらさ」を抱えているケースは身近にたくさんあるのかもしれません。境界知能という用語はまだまだ一般的とはいえませんが、今後も再犯防止施策の一環として、多くの人に広まっていくよう、広報啓発に取り組んでいきたいと思います。
また、コグトレは楽しく取り組める点にも魅力があります。コグトレは継続することが大切ですが、どれだけ効果があるとしても、楽しくなければ続きません。ゲーム感覚で楽しく取り組むことができ、結果的に認知機能の向上にもつながる、という点でも有効なトレーニングだと考えられます。
再犯防止施策において「生きづらさ」と言うとき、高齢、障害、貧困等、ある程度の類型化は避けられません。しかし、今回の研修テーマである境界知能が既存の類型に当てはまらない「生きづらさ」であったように、その他にも様々な「生きづらさ」があるのかもしれません。
今回の研修を踏まえ、今後は境界知能も含め、既存の類型にとらわれず、犯罪や非行の背景にある様々な要因に目を向けていきたいと思います。
参考文献
宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社、2019年)
宮口幸治『どうしても頑張れない人たち』(新潮社、2021年)
宮口幸治『不器用な子どもがしあわせになる育て方』(かんき出版、2020年)