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沿革

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年6月11日更新

畜産技術センター沿革

明治33年(1900年)農商務省七塚原種牛牧場として設置される。
明治41年(1908年)農商務省七塚原種畜場と改称される。
大正5年(1916年)農商務省畜産試験場中国支場と改称され,引き続き,家畜改良業務が継続される。
広島県では神石郡油木町に広島県種畜場が設立され,和牛の改良及び飼養管理に関する業務が開始される。
大正12年(1923年)農商務省畜産試験場中国支場廃止の後を受け,広島県種畜場七塚原分場として発足し,乳用牛,豚及び飼料作物等に関する業務が開始される。
昭和2年(1927年)広島県立農事試験場から種畜場七塚原分場に養鶏に関する業務が移管される。
昭和12年(1937年)安佐郡緑井村に広島県立緑井ふ卵場が設立される。
昭和14年(1939年)広島県種畜場七塚原分場を廃止し,広島県七塚原種畜場と改称される。
広島県種畜場を廃止し,広島県油木種畜場と改称される。
昭和15年(1940年)和牛肥育の研究機関として,新市畜産指導所が設立される。
昭和19年(1944年)広島県立緑井ふ卵場を廃止し,広島県種鶏場と改称され,種鶏改良に関する業務が移管される。
昭和29年(1954年)広島県七塚原種畜場での豚,めん羊,山羊,兎等の業務を廃止し,乳用牛を主体とした種畜場に切り替え,乳用牛の改良及び酪農に関する試験が開始される。
昭和34年(1959年)新市畜産指導所の業務の主体が養豚になる。
昭和44年(1969年)広島県種鶏場を三次市に移転される。
昭和47年(1972年)畜産関係試験研究の効率化を図るため,広島県立畜産試験場と改称し,旧七塚原種畜場を本場とし,油木種畜場を油木支場,種鶏場を三次支場,新市畜産指導所を新市支場と改称し,それぞれ乳用牛(本場),肉用牛(油木),鶏(三次),豚(新市)の試験研究が担当される。
昭和48年(1973年)新市支場を廃止し,本場に養豚部として統合される。
昭和50年(1975年)本館を新築し,実験施設及び機器類が整備される。
昭和56年(1981年)肉用牛の試験研究部門を本場に統合,油木支場は油木肉用牛改良センター,三次支場は三次養鶏支場に改称される。
昭和59年(1984年)三次養鶏支場が養鶏部と改称される。
平成6年(1995年)本場に先端技術研究棟が新築され,研究施設及び機器が整備される。
平成7年(1996年)広島県立畜産技術センターと改称し,組織を総務部,企画情報部,飼養技術部,生物工学部,環境資源部及び広島牛改良センターとし,旧養鶏部には三次養鶏試験地が置かれる。
平成 8年(1997年)三次養鶏試験地を廃止し,本所に統合される。
平成19年(2007年)広島県立総合技術研究所畜産技術センターと改称し,組織を総務部,技術支援部,飼養技術研究部,育種繁殖研究部及び広島牛改良センターとされる。
平成20年(2008年)広島牛改良センターが畜産技術センターへ統合される。

平成23年(2011年)

総務部総務担当と業務課を再編し,管理課が設置される。

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