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広島県オリジナルの酢酸イソアミル高生成清酒酵母菌株の取得と選抜

印刷用ページを表示する掲載日2023年4月5日

山崎 梨沙,大場健司,荒瀬雄也,藤井一嘉,大土井律之

1 背景

広島県では古くから温暖な気候に合わせた清酒酵母菌株を取得,選抜してきました。代表的な菌株としては,吟醸香であるカプロン酸エチルを高生成する「広島吟醸酵母13BY1)」及び「広島吟醸酵母26BY2)」,中程度のカプロン酸エチルを生成し,発酵力を改善した「広島もみじ酵母© 2)」があり,県内外の清酒製造会社で利用されています。

それとは別に「KA-1-25」は,酢酸イソアミルの香りを主体とする菌株として県内で清酒醸造に利用されていますが,選抜から20年以上が経過し,毎年選抜を実施している日本醸造協会の販売する酵母や,最近開発された他県酵母と比較すると,香気成分生成能等が低い傾向にありました。「KA-1-25」を使用している県内酒造会社からの要望を受け,酢酸イソアミルの華やかな香りを多く生成し,「KA-1-25」と同等の発酵力を持つ株の取得と選抜を行いました。

2 方法

酢酸イソアミル高生成酵母の取得方法についてはロイシンアナログである薬剤トリフルオロロイシン(TFL)が多く使われますが,TFLの耐性株は高い酢酸イソアミルを生成する一方で,その前駆体であるイソアミルアルコールも高生成することが知られています。イソアミルアルコールは溶剤臭を呈すため,清酒に多量に含まれるとマイナスの評価となります。そこで,イソアミルアルコールから酢酸イソアミルに変換するアルコールアセチルトランスフェラーゼ活性を高めるため,薬剤プログネノロン(PG)も使用し,KA-1-25株を親株とし,2つの薬剤に耐性をもつ株をEMSによる変異誘発により取得しました。

取得菌株は乾燥麹添加麹エキス培地及び総米200gと1kgの小仕込み試験により評価を行いました。最終的には総米100kg以上のパイロットスケール醸造試験を行い,発酵経過と製成酒の成分及び官能評価により候補株を選抜しました。さらに,カプロン酸エチル高生成株を取得する目的で協会901号を親株とし,脂肪酸合成阻害剤C75に弱耐性を有する株について取得後,保有していた菌株「C75-K901-11」(C75)3)についても同様に発酵試験,醸造試験に供しました。

図1新酵母候補の選抜の流れ

3 結果

得られた薬剤耐性株について発酵試験や小仕込み試験を実施し,発酵力や香気成分生成の観点で選抜を実施し,E-04株,E-09株及びC75株のパイロットスケール醸造試験を実施しました。各菌株のもろみ経過(アルコール濃度)を図2に示し,製成酒の酢酸イソアミルとイソアミルアルコール生成量を図3に示しました。発酵力に関しては,どの取得株についても,対照であるKA-1-25株と比較して遜色ない結果となりました。香気成分生成については,C75株は親株と比較して約1.7倍の酢酸イソアミルを生成しました。E-04株,E-09株については酢酸イソアミルを2倍から3倍以上生成し,華やかな香りである一方,イソアミルアルコール由来と思われる溶剤臭の指摘を受けました。最終的には,製成酒のその他の成分値と官能評価結果を総合的に評価しC75株を新酵母候補として選抜しました。

一方,C75株のアルコールアセチルトランスフェラーゼ活性は親株の1.2倍高かったという報告3)があり,薬剤C75に対して弱感受性となる変異によりアルコールアセチルトランスフェラーゼ活性が高まったことが,酢酸イソアミル高生成の1要因と示唆されています。本機構はTFL耐性株の機構とは別であるので,イソアミルアルコールの高生成を経ずに酢酸イソアミル生成量を増やすことにつながったと考えています。

図2もろみのアルコール度数の推移図3製成酒香気成分生成量

4 食品企業へ向けたPR

C75株(広島令和1号酵母)で醸造した製成酒は,酢酸イソアミルのバナナやブドウのような華やかな香りを多く生成し,軽快で冷酒向きの味わいとなります。平成30年より令和1年まで県内酒造会社で試験的に使用していただいていましたが,この度「広島令和1号酵母」と命名し,令和2酒造年度から広島県酒造協同組合から正式に販売開始となりました。「広島令和1号酵母」という名称は,令和年度の初めにリリースする新酵母として,新時代の広島清酒にふさわしい清酒が世の中に出ていくようにという想いを込めて命名しました。試験的に使用した酒造会社からは「もろみでの香りが高く,製成酒まで残りやすい」や「KA-1-25株と比べて酸が出るので清涼感がある」などの感想が届いています。

図4顕微鏡写真

【参考文献】

1) 大土井律之,松本英之,藤井一嘉,谷本昌太,末成和夫,広島県立食品工業技術センター研究報告,23, 15-18(2004) .

2) 藤原朋子,山崎梨沙,大土井律之,外薗寛郎,交雑育種による広島吟醸酵母13BYの発酵能及びカプロン酸エチル生成能の改良,日本醸造協会誌,112,641-654(2017) .

3) 谷本昌太,蔵尾公紀,藤井一嘉,平賀良和,C75に対して弱感受性となった変異清酒酵母は酢酸イソアミルを高生産する,愛媛大学教育学部紀要. 55,169-174(2008) .

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