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上西 千波さん(ジャズシンガー)

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年4月18日更新

上西千波さん

 

毎日の普通の暮らしが何より幸せに感じる。
そんな事を音楽にのせて届けたい。

 <プロフィール> 

 上西 千波(かみにし ちなみ)さん

 広島県出身、東京都在住。ジャズシンガー。
 平成19(2007)年グラミー賞作品監督の元、N.Y録音『Flyin’Butterfly』でメジャーデビュー。
 専門誌S.J誌ボーカル部門のノミネート作品となる。
 平成24(2012)年、7本のひろしま平和発信コンサート~上西千波ジャズコンサートで平和を歌い、翌年CD「A thousand cranes~千羽鶴」を発表。Amazonジャズチャート3位となり、平和記念資料館にも置かれた。
 文化庁派遣の学校公演、“カフェジャズ”等のラジオコーナーを持ち、ジャズの楽しさを広めている。また、音楽による社会貢献に力を注いでいる。 

ひろしまは、大自然と都会が調和していて、
学びと感性を育んでくれる場所

音楽に恵まれた環境だったこともあり、声楽を習い、学生の頃からステージに立って歌っていました。ジャズシンガーとなって、海外でもレコーディング等を行う機会を頂きましたが、当時はただただジャズを愛する気持ちに溢れていて、様々な人と会って刺激を受ける事がとても嬉しく、夢を持って仕事をしていました。

そんな私が、今のように平和とひろしまについて発信したいと思うようになったのは、平成24(2012)年にオファーをいただいた『ひろしま平和発信コンサート』への出演がきっかけでした。平和関係のステージなので事前に準備していると、ひろしまの出身というのに平和について深く考えたことがなかったことに気づいたんです。平和教育は受けてきましたが、身近すぎて、平和公園は通過するだけの場所でした。公園のなかの一つひとつの像に込められたメッセージやエピソードは、最近になって再認識しました。

私の親戚はカナダに移民しています。上西功一(こういち)さんは、私の祖父のいとこにあたる方で、よくうちにも遊びにいらしていた縁の深い方なんです。その方は、平成26(2014)年に公開された映画 『バンクーバーの朝日』、朝日軍の最後に残ったメンバーで、映画のエンドロールに登場しています。バンクーバー朝日軍は、日本人たちが貧困と差別に苦しみ生活するなか、“子どもたちに夢を”との思いで作られ、後にカナダの野球界に殿堂入りした伝説のアマチュア野球チームなんですよ。

その縁で、カナダへ行き、戦争中、捕虜になったときの収容所や、白人と日系人が生活するエリアを分けた橋を実際に見て、功一さんから話を聞きました。そのとき書いたのがショートストーリー『にじのはし』です。それは、戦争中でもその橋「自由の境界線」を越えて人々は野球を通じ、交流を図ったという感動の実話です。

そして、『A thousand cranes~千羽鶴』。原爆の子の像のモデルとなった佐々木禎子(さだこ)さんを綴った本『Sadako and a thousand paper cranes(禎子と千羽鶴)』が世界で読み続けられる事を願い、復刊した守屋敦子さんという方がいらっしゃいます。これはその思いを受け継いで、姪である作曲家の守屋純子さんが作った楽曲です。

上西さんアルバム絵本『禎子と千羽鶴』は、海外でよく読まれている原爆の物語なんですが、日本の子どもたちはほとんど知りません。

私は、そんな子どもたちに聞いて欲しくて、日本語のシンプルでわかりやすい歌詞を書きました。平成24(2012)年には、府中町立府中小学校や福山市立中条小学校の児童たちに参加してもらい、この曲を一緒にステージで歌うことができました。これは平和教育授業の一環として参加していただいたのですが、「お勉強」と思うととっつきにくいことも、音楽なら楽しく受け入れてくれました。子どもちとこの曲をレコーディングもしたんですよ。

そんな子どもたちを見ていて感じたのが、ひろしまは、大自然と都会が調和していて、学びと感性を育んでくれる場所だということです。私もひろしまで育った自分を振り返って、そうだったと実感していますし、ひろしま出身のアーティストが多いことも分かる気がします。ひろしまは、子どもを育てるにはとても良い環境にあると思います。

笑顔は今も昔も変わらない、
平和であれば子どもの笑顔が守れるんだ

ひろしま平和発信コンサート、そしてカナダの上西功一さんとの関わりの中で、“平和の大切さを音楽にのせて届ける”プロジェクトとして、『千羽鶴プロジェクト』をスタートさせました。未来へと平和のメッセージを届けていけたらと思っています。コンサートでは、上西功一さんから聞いた、100年前海外で過ごした日本人たちが野球を通じて友情を深めた実話『にじのはし』のリーディングや、16ミリフィルムで撮影された原爆投下前の穏やかだった頃のひろしまの様子もご紹介しました。

原爆の子の像16ミリフィルムは、上西功一さんの父で、カナダへ移民した上西寛之助さんが撮影した映像です。フィルムには、約80年前のひろしまや、日本の都市、カナダの様子が映っていてます。(ひろしまについては、)産業奨励館(現在の原爆ドーム)、鞆の浦の漁の様子や、瀬戸内海にたくさん浮かぶ軍艦などが映っています。特に広島市の映像は当時の資料が焼けてしまっているので、私たちが見たことのない景色が流れて、とても興味深いものです。いま、広島平和記念資料館のホームページのトップで流れる古い映像がその一部です。その中の、子どもたちが無邪気な笑顔で遊ぶ映像を見たとき、「笑顔は今も昔も変わらない、平和であれば子どもたちの笑顔が守れるんだ」ということを痛感しました。

今、たくさんの協力者が増えて、未来へと繋げられようとしています。

「穏やかに過ぎて行く毎日。ずっと変わらない幸せ。毎日の普通の暮らしが何より幸せに感じる」…そんな事を音楽にのせて届けたいという思いを胸に、『千羽鶴プロジェクト』を続けていきたいと思っています。

シーズプロジェクト 
上西千波ホームページ 
http://chinamikaminishi.com

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