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現在地ひろしまたてものがたり

たてもの情報(4)|太田家住宅


印刷用ページを表示する 掲載日:2017年9月28日更新

太田家住宅/Ota-ke Jutaku

江戸時代後期から中期に隆盛した
鞆の浦名産「保名酒」の酒蔵


江戸時代の豪壮な屋敷構えがほぼそのままの状態で残っている主屋 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太田家住宅は、瀬戸内海を代表する港町だった鞆の浦で、強い力を持っていた商家の建造物群です。古来より、自然が作り出した港に適した天然の地形から、風待ち、潮待ちの港として栄えて来た鞆の浦。江戸時代には、北前船など多くの物資を乗せた商船が出入りする華やかな港町でした。当時は、京都や城下町でしか演じられなかった高級文化の「能」が年に一度演じられていたなど、大商人が集まる港ならではの文化もありました。こうした環境が、後の日本を動かす人々が集まり交流する場になる一因になったのかもしれません。

 そんな中、太田家は鞆の浦の一等地に構える「保名酒」という漢方薬を使った薬酒の製造販売をしていました。

 明治時代に入るまでは、保名酒の醸造販売権を独占していて、まさに鞆の経済の中心だったのです。明治に入って、保名酒の製造が解禁されたことで急激に衰退し、後に廻船業を営んでいた太田家に継承されたため、現在は太田家住宅と呼ばれているのです。

 敷地内には、主家や保名酒醸造蔵など9つの建物が並び、四方は道路で囲まれています。作りは町家建築ですが、通常の町家のように奥に細長いことはなく、規模が大きいのが特徴です。これらの建物群は、江戸時代中期から後期にかけて店の繁栄とともに拡張・増築していったため、この規模になりました。注目したいのは、主屋の土間部分です。正方形の瓦と叩き締めた漆喰を交互に配した市松模様が美しく、職人の仕事ぶりがうかがえます。また、瓦の壁面には、今見てもモダンに感じられる細やかな意匠が施されています。

 また、敷地の南東部に立つ主家から、東側の道路を挟んで向かい合うように建っているのが「太田家住宅朝宗亭」と言われる別邸です。参勤交代の際に訪れた大名などをもてなした格式高い別邸で、こちらも主家を中心とした建築群と合わせて、鞆の浦の歴史的景観に欠かせない、国の重要文化財に指定されています。


設計者/不詳
施工/18世紀中期
住所/福山市鞆町鞆842
電話番号/084‐982-3553
アクセス/JR福山駅からバスで鞆港バス停下車徒歩約5分
見学可/10:00~17:00(入館は16:30まで)
休/火曜
料金/400円、小学生200円
撮影/不可


写真データダウンロード(御自由にお使いください。)

江戸時代の豪壮な屋敷構えがほぼそのままの状態で残っている主屋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

江戸時代の豪壮な屋敷構えがほぼそのままの状態で残っている主屋 (その他のファイル)(11.48MB)主屋に入ってすぐの店土間と店の間

 

 

 

 

 

 

主屋に入ってすぐの店土間と店の間 (その他のファイル)(13.6MB)解放感のある大広間

 

 

 

 

 

 

開放感のある大広間 (その他のファイル)(12.57MB)

漆喰のたたきと瓦製タイルの店土間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆喰のたたきと瓦製タイルの店土間 (その他のファイル)(12.54MB)

酒蔵外壁のサイコロ目状の漆喰デザイン

 

 

 

 

 

 

酒蔵外壁のサイコロ目状の漆喰デザイン (その他のファイル)(11.65MB)



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