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平成27年10月28日(水) 下崎教育長がみよし風土記の丘ミュージアム(広島県立歴史民俗資料館)を訪問しました

 みよし風土記の丘ミュージアム(広島県立歴史民俗資料館)を訪問し,秋の特別企画展「尾道・浄土寺の寺寶展-瀬戸内の精華-」を鑑賞しました。
 浄土寺は,聖徳太子の開基といわれ,国宝「浄土寺本堂」「浄土寺多宝塔」や国の重要文化財「木造十一面観音立像」を始め,貴重な文化財が数多く伝わる,尾道を代表する古刹です。
 
 展示室へ向う通路には,四季折々の浄土寺の写真などが掲示され,季節や時間帯により様々な表情の浄土寺が見られました。
 展示室内は,大きく4つのテーマに分け,展示がされていました。
 
浄土寺境内図足利尊氏肖像図

 第1章「浄土寺の歴史」では,今から約700年前に本堂の上棟時に設置された「棟札」や,300年以上前に描かれた「境内図」が展示され,浄土寺の歴史が感じられました。
 第2章「浄土寺を彩る人々」では,後醍醐天皇が,北条氏から没収した因島の地頭職を浄土寺に与えた綸旨である「後醍醐天皇綸旨」(県重文)や,室町幕府を開いた足利尊氏の肖像とされる「絹本著色尊氏将軍画像」(国重文)など,浄土寺ゆかりの人々にまつわる史料も紹介されています。 足利尊氏は,戦勝祈願のため,度々浄土寺を訪れるなど,深い縁があり,尊氏の念持仏である「木造阿弥陀如来立像」(県重文)なども展示されるなど,浄土寺と尊氏の関係の深さを考え合わせると尊氏の肖像である可能性が非常に高いと言われています。
 肖像画の尊氏の袍(上着)は無地に見えますが,体を屈め,斜め下から見たとき,足利家の家紋である桐文が現れるという,粋なしかけが施されています。
 
曼荼羅図大日如来坐像 二界

 第3章「祈りの美とかたち」の中で,鮮やかな色彩で存在感を放っていたのは,鎌倉時代の作品である「絹本著色両界曼荼羅図」(市重文)です。この曼荼羅図は,空海がインドから持ち帰った曼荼羅図のほぼ原形に近いと言われており,向かって右が「胎蔵界」,左が「金剛界」を表し,通常は対で飾られることが多いとのことです。
 また,平安時代の作である「木造大日如来坐像」は,曼荼羅図と同じく,向かって右が「胎蔵界」,左が「金剛界」を表しています。大日如来像で,この二界ともに遺存することは大変珍しく,特に,「胎蔵界大日如来」は,光背の状態もよく,大変貴重であるとのことでした。

木造大日如来像茶道具等

 そして,企画展のポスターやチラシで大きく紹介されている「木造大日如来像」(市重文)は,南北朝時代の作であり,多宝塔の御本尊です。室町時代の作である脇侍の「釈迦如来」「薬師如来」(ともに市重文)とともに,三尊が多宝塔本堂の写真パネルの前に安置され,現地で参拝をしているような雰囲気を感じる展示をされていました。
 最後の,第4章「浄土寺と尾道」では,屏風絵や茶道具を中心に,港町・尾道における浄土寺が紹介されていました。浄土寺の歴代の御住職の多くは茶道に造詣が深く,尾道における茶道の発展の一端を担われたこともあり,茶杓,茶碗などの茶道具や書が多く展示されていました。書の中には,「不昧公(ふまいこう)」として知られる,松江藩主の松平治郷の「一行書」も見られました。

 本物のもつ悠久さ,素晴らしさに触れることができる,大変見応えのある企画展でした。 
 浄土寺の文化財が広島県北部でまとまって展示される初めての機会であり,11月23日(水・祝)まで開催されています。  

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