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広島暮らし

まずはチャレンジ!50代から始めた農業(大崎上島町)

松浦さん写真 

まずはチャレンジ!50代から始めた農業


大崎上島町
松浦二郎さん

人生の最後は農業に挑戦!

『Let's Enjoy!』。農園の入口にある看板が目を引きます。大崎上島町中野にある花の里。二郎さんの農園です。松浦二郎さん。島にやってきたのは平成14年。いまでは島では知らない人が少ないと言われるほどの有名人になりました。出身は高松で、運輸省で船員として世界中を巡った後、東京で中華屋さん、さらには出版社の営業部長職などを経て、いまは島で農業を営みます。「それぞれ10年ずつ経験しましたね。いつの頃からか人生の最後は農業をやろう、と決めていたんです。」しかし、あくまで農業は素人。むやみに何でも手を出すわけにはいきません。たまたま、知人を通じて大崎上島でブルーベリー栽培を導入している人物を訪ね、2m近い雑草で荒れ放題だった遊休地を借りることに。「今ならまだ手が加えられる!」、松浦さんの島暮らしの始まりです。

自然体の島暮らし「焦らず島のペースで」

「新規で何かに挑むことには何の抵抗もありませんでした。むしろ、自分ひとりでいろいろ工夫しながらできるのが楽しかった。」広島市民球場ほどもある広大な敷地の中で、草刈りから松浦さんの格闘が始まりました。

なんとかブルーベリーの苗木を植えたものの、すぐに収穫につながるわけではありません。考えたのがバラの木のオーナー制度でした。周囲の疑問の声をよそにこれが大成功。250件からの申し込みがあり、松浦さんは一気に勇気づけられます。「この島はもともと経済的に豊かな島。精神的にも文化面でも豊かさの土壌がある。」今では300本ほどのバラが植えられ、時期になると花の摘み取りに島の人々が訪れます。ブルーベリー、みかんとともに松浦さんの農園を支える主力選手となりました。

農園の写真

松浦さん写真

 島暮らしで大切なのは、自然体でいること」松浦さんの持論です。来島1、2年目はなんとか島の人に受け入れられようと、自らNPOを立ち上げるなど積極的にアプローチ。しかし、途中から「焦らず、島のペースで」という方針に変えました。それが功を奏したのか、いまでは役場をはじめ、いろいろなところから声をかけられる存在に。農園は幼稚園児や小学生の野外活動の場にも利用されています。
「島には空き家や遊休地がたくさんあります。しかし、それぞれ先祖代々受け継がれてきたもの。島の人もなかなか貸してくれないのが現実です。私の経験から言えば、まずは地域との橋渡しをしてくれるオピニオンリーダーと知り合うこと、それが新しい土地に馴染む近道ですよ。」 

松浦さん家の様子



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