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広島県の文化財 - 高杉城跡

高杉城跡

【解説】

 高杉城跡は三次市街地の東南,馬洗川と美波羅川の合流点近くの河岸段丘上にある。県内では数少ない中世の方形館で保存状態がよく,天文22年(1553)に尼子氏に味方した江田氏を,毛利氏を始めとする大内氏方の軍勢が滅ぼした際に落城した記録が残るなど三次地域の中世を語る貴重な遺跡として,昭和59年に広島県史跡に指定されている。

 城は高さ約5mの河岸段丘を利用したもので,知波夜比古神社の境内地である。南を正面とし,東西(間口)約70m,南北(奥行)約80mの範囲を,北・東側では幅4.5~7m,深さ1.1~1.5mの横堀と,その内側に幅5.5m,高さ0.6~1.5mの土塁で区画する。西側は一部姿を変えているが土塁と横堀の痕跡が残る。横堀は,道路整備に伴って平成24年度に行われた試掘調査によって存在が確認された。この横堀は西北端から更に西北方に延び,南半では北半に比べやや西にずれるなど特異な形状をなしており,高杉城跡を特色付ける重要な構成要素として,道路の地下に保存されている。

 南側は河岸段丘の縁辺を削って切岸とし,内側中央に正面の虎口(出入口)を開けて土塁をめぐらす。土塁の範囲は,間口56m(31間),奥行73m(40間)で,そのうち土塁内側の平坦面は,間口45m(北半では約40m),奥行56mで,面積は約2,400平方メートルである。東辺南側と北辺東側に土塁の途切れが見られることから,南辺中央のほかにも虎口があったことが考えられる。南側正面には,境内から3m下がって幅約1.5mのテラスがあり,更に一段下がって幅25mの平坦面がある。虎口を意識した郭と考えられる。なお,かつて北側横堀から鎧,西側横堀から鉄鏃が採集されている。いずれも中世の遺物である。

 高杉城跡は保存状態が良好で,正面を切岸とする特異な形態をなし,同時代史料から落城時期が特定できる県内では唯一の方形館である。間口の規模は,熊谷氏土居屋敷跡(広島市・県史跡),荒谷土居屋敷跡(東広島市)などとほぼ同規模で,横堀や土塁のあり方からも在地領主の館と捉えることができる。

高杉城跡指定地域参考図 (PDFファイル)(561KB)

名称高杉城跡
よみがなたかすぎじょうあと
指定県指定
種別史跡
種類
所在地三次市高杉町
員数
指定年月日

昭和59年11月19日
平成27年1月13日(地域追加)

構造形式
法量5,676.79平方メートル
公開状況常時公開
交通案内○JR「神杉駅」から南西へ約600m
関連施設名称
開館時間
休館日
入館料
所在地
電話番号
交通案内

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