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広島県の文化財 - 菅茶山之墓

菅茶山之墓

【解説】
菅茶山(寛延元~文政10年(1748~1827))は,名は晋師(ときのり),字は禮卿(れいけい),通称は太中,茶山は号である。安那郡川北村(現福山市神辺町川北)で農業・酒造業を営む菅波樗平(すがなみちょへい)の子として生まれた。19歳の時京都の那波魯堂(なわろどう)に朱子学を学び,天明元年(1781)郷里で私塾を開いた。寛政8年(1796)福山藩は藩立の郷塾とし,公式には神辺学問所と呼ばれたが,一般には廉塾と称した。茶山は朱子学者で詩文に卓越し,藩史福山志料の編集を行った。当時,山陽・南海の諸国から来て学ぶ者が多く,頼山陽も門下生のひとりであった。今日,講堂・寮舎が茶山の居宅とともによく旧観を維持し郷塾としては数少ない遺例である。
なお,茶山は80歳で没し,黄葉山麓にその墓がある。碑文は頼杏坪(きょうへい)の撰ならびに書である。

名称菅茶山之墓
よみがなかんちゃざんのはか
指定県指定
種別史跡
種類
所在地福山市神辺町
員数
指定年月日昭和15年2月23日
構造形式
法量
公開状況常時公開
交通案内○JR「神辺駅」から東へ約1km
○「福山・井原線」バスで「神辺高校前」下車,南へ約200m
関連施設名称
開館時間
休館日
入館料
所在地
電話番号
交通案内

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