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広島県の文化財 - 御手洗七卿落遺跡

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【解説】
幕末維新の転回期,長州藩は三条実美(さんじょうさねとみ)らの公卿と結んで攘夷親征を企てたが,孝明天皇の忌避するところとなり,実美らは禁足を命ぜられた。実美ら七卿(しちきょう)は長州勢とともに,文久3年(1863)8月,いったん長州へ下向し,京都の動静が好転をつげた元治元年(1864)7月13日,再び上京の途についた。
しかし,途中長州勢が蛤御門(はまぐりごもん)の変に敗れたことを聞き,急遽長州に引き返すことにし,22日鞆(とも)で軍議を行い,西風激しい中を23日御手洗に着き,ここで順風を待つために豪商多田家にはいって1泊し,翌日長州上の関へ向って出発した。
御手洗東端の景勝の位置をしめ,現在は御手洗地区重要伝統的建造物群保存地区内で,休憩所・資料館として整備されている。

名称御手洗七卿落遺跡
よみがなみたらいしちきょうおちいせき
指定県指定
種別史跡
種類
所在地呉市豊町
員数
指定年月日昭和15年2月23日
構造形式
法量
公開状況常時公開
交通案内○大長港から南へ約1km
関連施設名称
開館時間
休館日
入館料
所在地
電話番号
交通案内

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