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高橋源一郎講演会実録



 作家の高橋源一郎さんが8月29日(金)に県立広島女子大学で,テーマ「作家の作り方」で講演を行いました。
  
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 「こんにちは」
 さすがに先生は礼儀正しいですね。
 先生相手なので参考文献を用意してきました。明日の競馬の予想です。土日の競馬の予想付きにしようかなと思ったんですが,文化庁の主催なのにいいのかなぁ,でも競馬は農林水産省だからたいして違いはないと思うんです。中には誤解している方がいらっしゃって,競馬評論家だと思っていらっしゃるんです。
 「作家の作り方」の話をするんですが,話が大きく飛ぶそうです。
 前回阪神が優勝した年である18年前に熊本大学文学部で「比較文学と漱石」というテーマで講演をしました。友達の紹介で呼ばれました。講堂は1,500人の満席で,最前列はズラリと教授陣です。 
 ここでまず,枕をふるんです。
 その日,講演の直前に日本シリーズで阪神が優勝したので,その話をしたら,それだけで2時間が終わってしまったんです。熊本大学創設以来,今までに一番受けた講演といわれましたが,ボクを紹介した友達は譴責処分になりました。

 広島市は17歳の時以来です。17歳,灘高の生徒のときに友達とヒッチハイクで神戸から来ました。7月30日に神戸を出発し8月6日の原爆記念日に広島に行くという,当時ラディカルな政治青年らしい計画をたてたんですが,1時間でバテちゃいまして。なぜならリュックに本を10冊も持っていたからです。ヒッチハイクしながら夏にプルーストなんて読めるわけないんですが,それで重いわ,肩は痛いわで,1時間余りで 電車に乗りました。その日は姫路駅で野宿し,明日は車を探そうと友達と誓い合いながら,蚊の多さに辟易して,朝一番に目を覚まして,また電車に乗りました。で一度はヒッチハイクをしようとしましたが誰も止まってくれないんです。結局また電車に乗って8月2日に尾道に着きました。尾道は母の実家があるところです。で何も言わずに疲れたといって8月5日まで,ばあちゃんの家でゴロゴロしながらスイカを食べていました。
 8月5日の夜に電車で尾道を出発し,深夜に広島に着きました。一路原爆ドームへ向い,なんと8月6日の早朝にドームの中に進入して寝てたんです!中で星を見ながら「生きてるってなんだろう」などといいながら…
 この企画の背景は,アラン・レネ監督の『24時間の情事(ヒロシマ モナムール)』という難解な映画なんですが,そこに出てくる喫茶店を探すことが目的でして,これは翌日の8月7日にすぐに見つかったんです。

 ここまでは,ただのおもしろい話ですが,ここから映画のようにいい話になるんです。
 未明の3時か4時頃にからだが痛くて早く目覚めて,川にでると,やくざに出会いました。エライ風な若い人といかにもちんぴら風な二人で,広島弁で,「おまえら何してんねん」では大阪弁ですが,「何しとんじゃ」と聞かれ,「神戸からヒッチハイクで来ました」と電車で来たのに答えました。「なかなかみどころのある奴やんけ」とは広島の人はいいませんが,よくよく話してみるとエライ風の人は広島やくざの若親分,さすが広島は本場だ!もう一人のちんぴらの人は護衛。ボディガードです。そんなやくざが8月6日の早朝,なぜ原爆ドームのそばにいるのか…。
 若親分の話では,彼は慶応を卒業して2年目の24歳で,自分の父親が広島の大きいやくざの組長か会長で,父親が病気になったので継がなきゃいけなくなった,家業を継ぐために慶応を卒業して広島に帰ってきたインテリやくざでした。
 まだ「仁義なき戦い」を広島のやくざは,やってたんですね。明日,大きな出入りがあるので,もしかしたら死んでしまうかもしれない。最後に一度広島の街を見ておきたかったとその人がいうわけです。しかもその人は慶応大学文学部。やくざの若親分と8月6日の朝早く原爆ドームの横,元安川の岸辺で,うそみたいですが,ドストエフスキーについて語りあい,明け方に別れました。
 友達とは,まるで小説のような空間だったね。あの人たち死んでも語り継ごうねと,誓い合ったのですが,翌日の新聞を見たら何もおこっていないんですね。あの人ってもしかしてウソだったのかしら,未だに謎です。あの人達が本当にやくざだったのか,単にそんな気分に浸っている二人だったのか,ナゾです。
 それ以来の広島です。

 枕をもう一つ。
 尾道も17歳で広島に来たときが最後でしたが,去年34年ぶりに尾道の実家を訪ねました。大林さん(大林宣彦監督)の映画を観て,行ってたような気になっていたみたいです。
 母親は75歳で一人で住んでたんですが,もうそろそろお迎えがくるころだ,この15年間は,毎年のように,もう今年死ぬといっています。母はスイッチが入ると倒れるまでしゃべり続ける人で,30歳のボクの娘に母の世話を頼んだら,お願いだから一人に押し付けないで,押しつけられたら私死ぬ,と懇願されました。そんな母親なので,一緒に旅行するのなら拘置所に入っていた方がいいという気になってしまいます。それで迷っていたんですが,NHKハイビジョンの行きたいところどこでも行っていいという安直企画があり,NHKのスタッフに全部任せられるので「母親を連れて実家に行ってもいい?」とお願いするとOKがでました。
 「高橋源一郎尾道に帰る」というテーマでした。ところが番組の内容は「源一郎の母田舎に帰る!」にすっかりすりかわってしまいました。
 母はもともと女優志望で,自慢話というのが,戦後第一回東宝のオーディションに優勝していたらしいのですが,優勝したのに聞いていなかった祖父が怒って,近所の新藤兼人さんに頼んで受賞を取消してもらった。母は取り消されたのを知らず,雑誌には母が優勝者として出ていた。
 「あのとき女優になってたら同期の三船敏郎と知り合って,あんたの父親は三船だったかも。そのほうがいいでしょ」と母はよくボクに言います。
 68歳のときに金髪になったんです。近所の子にガイジンといわれ止めましたが,次は緑になりました。よくわからない美意識を持っていました。
 母は大阪在住なので,東京のボクの住まいからカメラがついてきたのですが,母はカメラがあると,途端に元気になるんです。カメラがあると滑らかにしゃべりだし,演技をするんです。
 特にクライマックスのお墓参りシーン。カメラは全くボクを追いません。母はお墓の前に立って,「おばあちゃん,おじいちゃん,会いたかった…」と言いながら涙を流し始めました。
 千光寺公園の石畳で,番組の締めとして感想を聞かれ,やっとトリがとれると思いながら「ふるさとはあると思っていましたが,特に何も感じませんでした」と話しました。その後母はどうですかと尋ねられ,いきなり「思い出したことがあります」と話し始め,ボクも今まで聞いたこともない,「ここで消えた初恋の話」がえんえん20分続きました。
 尾道に行ったのが去年の5月で,11月に母は亡くなりましたので,よかったのかなと思っています。
母は年に2回東京に来ていました。夏と冬にある森進一のコンサートのためです。10年前までは森進一の追っかけをしていたんです。ものすごいモダンな人で,見る映画はフランス映画,好きな音楽はシャンソン,ミュージカル。演歌なんて汚らしいって言っていたのが森進一の追っかけになったんです。母は森進一は親孝行だからいいそうです。
 北海道から九州まで,森進一とともに移動します。ひざに痛み止めの注射を打ってコンサートに出かけ,全4時間の1日2回公演を全て観ています。観客の平均年齢は70歳。毎回仲間が2〜3人減っていくそうです。楽しみにしていた森進一ハワイ公演はドクターストップで泣く泣く断念したようです。この公演は,森進一と同じ飛行機で同じホテルに泊まり,夜になると森進一がホテルの各部屋を訪ねて一人一人と握手してくれるらしいです。今時の作家はこのくらいのサービスが必要かもしれません。

 ここから作家の作られ方の話へ入ります。
 今日は学校の先生が多いので,どんなことが授業で教えられるかという話をしたいと思っています。
 作家という職業は,小説を書くだけでは,斜陽産業なのでもうダメです。作り手あるいは読者を自力栽培しなければいけないという思いがあります。
 つまり,他人が作ったものを鑑賞するのではなく,自分の手で作って自分で読む。鑑賞し生育していくことで,文学が身近に感じられるようになってきました。
 このところ,明治の作家・明治文学の研究を10年ほどやっていますが,近代文学というのは思ったより面白く,思ったより現代的です。もしかしたらボクたちは,明治文学を誤解しているから,現在のようなていたらくになっているのではないかというのが,成果であり結論です。
 石川啄木・森鴎外・夏目漱石・二葉亭四迷はみんな読んで知った気になっていますが,これは本当じゃないんじゃないか。 誤解の上に誤解を積み重ねた結果,文学というものを遠ざけてしまったのではというのがボクの結論です。ならば誤解を解く。 実際はどうだったのかを自分で判断して,まず事実をつかみながら,同時に物を考えたり作ったりすることがここ10年のマイブームとなっています。
 小説の書き方を「一億三千万人の小説教室」で書きましたが,あれはいくらでも書けることです。
 「ようこそ先輩」という番組で小学校5年生に小説を書かせるという授業をしました。
 理論的には小学校5年生でも小説を書くことは可能です。余計な知識や発想がないほうが小説は書けるということがボクの仮説です。これを証明するにはちょうどいいなぁと思ったんですが,しかし,そうウマくいくかなぁとも思いました。
 そこで,世田谷区船橋小学校のこどもに2日間,正味8時間くらいの授業で全員に小説を書かせてみました。ほとんどの子が文学や小説家に興味がありません。これは非常にいいことでした。この中に2人くらい本好きな子がいましたが,見るからに生意気そうでした。
 35人中30人は非常によくできました。中に5人くらいどうしようもない子がいて,さきほどの本好きの知識人2人は5人の中に入ってたんです。
 彼らは,まるで「俺が書かねば誰が書く!,わたしが書いてみせようぞ!」と誰も期待していないのに書く前から緊張して,全然授業を聞いていません。
 ボクが授業で言ったことは,「楽しいウソを考える」ということです。子どもも大人もみんなウソが好きです。だからウソ日記を書かせると,シュールで飛んでいる子がいるんです。3〜4編はアメリカの最も高級な前衛的な小説に匹敵するようなものがあり,アメリカ文学の翻訳者に見せたんです。すると,アメリカの最も偉大な前衛作家と小説を書いたことのない5年生の作品との区別がつかなかったんです。翻訳した当人も。
 先生は小声で「小学5年生はこんなに可能性があるのに中学になるとダメになるのはなぜなんでしょう」とお話されていました。
 基本的に子どもたちはフィクションを作り出す力を持っています。その上,構築性はトレーニングで身につけることができます。要は「センス」。小説的センスが有り過ぎなのに,なぜそれが失われていくのかボクは不思議でしょうがないんです。
 これに味をしめて今度は大学で同じように授業しました。小学生と大学生は暇でいいんですが,中・高は難しいでしょうね。忙しいから。ボクは慶応大学の文学部でたぶん「文学1」というような味も素っ気もないタイトルの授業で,小説を書くという目的を悟られないように小説を書かせるという画期的な授業をやりました。
 小説を書くという目的ではみんな構えてしまうし,そもそもそういう目的で授業を受けに来ていない。そこで気づかぬうちに小説を書かせるにはどうしたらいいか,いろいろ考えました。
 一つは翻訳です。 正確には翻案。近代文学の古典を読み,日本語から日本語へ翻訳してもらいました。ただし時間も現代に動かすことで翻案です。
 第一回は「舞姫」を翻訳してくれといいました。そうすると 8割はただの現代語訳。2割くらいの鋭い人はドイツに行くのが飛行機だったり,舞姫がドイツのエロチックダンサーになっています。それでいいです。つまり鴎外が現代に生きていたらどう書くかという試行実験です。
 次に「坊ちゃん」です。半分くらいの人はどうしていいかわからない。一方で15%から2割が予想を超えて進化していくんです。面白かったのが樋口一葉の「にごりえ」です。非常に典雅な古典文学で設定が明治10~20年代の色町の話ですからこれをどういうふうに処理するのかと思ったら,面白いんですが,3〜4割の主人公がキャバクラなんです。しかも10人くらいは滅茶苦茶描写が細かい。明らかに当人がやってる?みたいなんです。
 原作の冒頭は 2人の娼婦が語り合うシーンです。この会話部分がオカマのホステスが性転換について語るように翻案しているんです。 フェミニズムの観点が付加され思想的進化を遂げています。
 田山花袋の「蒲団」は 大学教授と女子大生の話ですが,ほとんど原型が見えないほど変化させる奴がいるんです。書いた学生を呼んで質問したら,あの二人の関係をつきつめるとこうなるんだと説明してくれるんですが,これは「蒲団」がSFになって宇宙人がでてくるので,どこがどうなっているのかわからないんです。しかし話の構造は保たれているんです。ここまででほぼ最終段階なんですが,何人かの学生の作品は,オリジナルが何かを言わないとわからない,あるいは言ってもわからない。つまりオリジナルになっているんです。
 受講生は400人くらいが最後は150人になりましたが,そのうち3人から5人は小説の新人賞に確実に受かります。ただし当人はその気が全くありません。
 つまり,一方で小説というものへの通俗的理解があります。だけど自分は関係ないなという一方で,高い読み書き能力(リテラシー)が備えられているわけです。
 ある程度以上のセンスとリテラシーを持っていれば,ある程度の小説は書ける。惜しむらくは,それが小説能力であることを本人が知らない。さきほどの小学生もそうでしたし,今の大学生もそうでした。この慶応の授業でも小説家志望の学生はダメ。これが,文学・文学史・小説への誤解です。
 なかなか見えませんが,小説を書く能力があるのに書かない子,しかも当人でさえも気がつかない。これを見つけるためには,何が小説を書く能力なのか,それは何に由来しているのか,どんな条件でその能力が開花するのかを本当に知らなくてはいけない。同じような授業を千葉大学でもやったんですが,我に優秀な生徒と時間を与えよ! そうすれば小説家は作れちゃうと思ったんです。
 では実際にはなぜ行われていないのか,これはボクたちがいくつもの,幾重もの誤解に晒されているからに他ならない。誤解が常識となっている世界では,小学生でも小説が書けるということが受け入れられにくいと思っています。
 実は,近代文学発生時から様々な誤解が生まれ,その積み重ねの上に今があるからだと思います。
 「日本文学盛衰史」という作品の中で,常識に晒されない視点で見ようとしたんですが,自分が常識に侵されていないかというとそうではないんです。なぜなら誰もが全部は読んでいないんです。明治文学全集全100巻を通読している人はいない。ただ,読んだ人の話で読んだ気になっています。ボクは「戦争と平和」も「赤と黒」も読んでいません。だから「赤と黒」を読んでいる人の話を信じてしまうんです。で「赤と黒」を読んでる人は「明暗」を読んでいない。みんなでもたれあいなんです。
 8年かけて読んで,書くのに4年かかりました。二葉亭四迷は全部読みました。
 四迷は坪内逍遥のところで論争します。文学史上は逍遥は古いものは排除したが,当人は穏健改革派,今風に言えば,抵抗勢力です。でも,本当に逍遥の生ぬるさを四迷は嫌がったのか。人は自分の論旨に合うところだけを読んでいる。
 津野海太郎さんが「滑稽な巨人-坪内逍遥の夢-」という坪内逍遥論を出されました。読んだ瞬間にやられたぁという感じでした。常識的な逍遥論を簡単にいいますと,逍遥は四迷にダメといわれた。漱石・鴎外にもバカにされた。これだけバカにされるには,何かすごいことがあるのではないかというのが津野さんです。理由はというとこれが津野海太郎の請売りです。なぜなら,自分の逍遥論がないからです。読んでいないから。逍遥は何かしらいっぱい書いているんです。変なのを。津野さんはそれを全部読んでるんです。と9割は信じていますが,見たわけではありません。
 津野説によると,四迷・漱石・鴎外は近代文学です。一種の合理主義,個人主義に基づいています。
 逍遥は近代文学ではない。津野さんはこれを早く来すぎたポストモダンの巨人か…と言っています。
 もう一つ気になっているのが,北村透谷VS山路愛山〜『人生あいわたる相渉論争』です。日本における文学論争の最初。文学史の常識です。
 愛山は「文学は有効性がなければならない」。透谷は「文学は虚の虚を目指す」。虚を目指すほうがかっこういい。愛山はどうしようもない。虚を目指して自殺した透谷かわいそう。愛山を読んでもいないのに愛山ニクイと思ってしまいます。
 透谷は政治の季節になると流行り,愛山はセットで批判される。
 そうじゃないじゃない…というと「おまえはナンセンスだ!」と過激派に批判される。今読んでみると公平に言うと透谷との論争文は,どうみても愛山のほうがどうみてもマトモです。愛山は文学である以上,何かを得るようなものでないといけないよ,最初から何も獲得できなくていいというのは,いけないんじゃないかと言っている。それを透谷はわざと誤解して,愛山の意見の一部をとって政治的に批判したんです。これらは自分で確かめてみるとわかります。相渉論争で「虚が実に勝った」というのは誰が決めたのか?ということになると文学史に問題があることがわかります。
 文学史は,歴史なので誰が書いたかよくわかりません。逍遥が近代文学に徹することができないという評価は一体だれがしたのか。歴史上の認識はどこから出たのかわからない無名性があり,名前のないものには反論できません。つまり現代の文学はこのような誤解の危険に常に晒されているんです。
 誤解に基づく歴史的常識が,本当に確かめたわけではないのに,さながら真実のように流布される。
 裁判では証拠としてもたないような伝聞をもとに確立した文学史的常識があって,これが現代の小説観・文学観の底に流れているといえます。
 もちろん,すべてを確かめることは不可能ですが,急所急所ぐらいは確かめるくらいならできます。北村透谷は長いが「相渉論争」は短い。本当に読むとすぐに誤解が解けます。このように論争や,作家の価値は直接あたることができます。
 では「作品の意味」についてはどうでしょう?
 既に解決済みと言われている問題の中に,実は解決されていないものがあるのではないか。
 最後に巨大な謎を提出して講演を終わりにしようと思います。
 国語といえば「こころ」。日本文学で最も読まれている作品は何かというと,文庫の売上げでみますと,第1位が「人間失格」,第2位 「こころ」です。アメリカでは,「ハックルベリーフィンの冒険」と「聖書」が1,2位です。これってまずくない?その国で一番読まれている小説の題が「人間失格」。日本って一体何でしょう。
 第3位は「斜陽」です。ベスト5 に太宰が2作,漱石2作,「こころ」と「坊ちゃん」です。
「聖書」対「人間失格」。 これはいいなぁ。

 それほどに売れている「こころ」ですが,実はよくわからない。
 感想文は定番中の定番です。高校の教科書に載っていますが,陰惨な三角関係を描いた小説を文科省はいいといっています。この小説の感想文を高校生に書かせるのは一体どういう教育なのでしょうか。
 その「こころ」という小説ですが,これが何か釈然としない小説と思わないでしょうか。どこがそうなのかわからないんですが,よくわからないんです。
 そこで,2つ解いてください。
 「こころ」の冒頭は"わたしはその人を常に先生と呼んでいた。…よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない"です。
 頭文字を使いたくない!ところが,途中からずっとK。KKKKK…。頭文字を使う頻度は日本の小説の中でダントツです。なのに冒頭で頭文字を使いたくないといっている。この意味がよくわからない。わかりますかどなたか。冒頭の行がまずよくわからない。
 第2節になるともっとわからない。
 私は先生と海岸で会います。私は先生と会ったことがあるといいます。そこで先生は考えて,しばらく考えこんだ上に,いや知らない,会ったことがないと答えます。普通ならこれは何かの伏線です。ところが最後まで全然関係ない。これはなぜでしょう。
 「こころ」は謎めいた小説です。漱石は何か意図があって書いているけれど,その意図がすぐにはわからない。もしかしたら,絶対にわからないかもしれないものです。
 いろんな人が,代表的なのが松本寛の「漱石の実験」という長編集で,常識では説明していないが,読むと変だと思うことを発想の原点として評論しています。
 「違和感」の問題ですが,まず,人称がおかしい。漱石は,固有名詞を使いません。我輩・主人・俺,固有名詞は意図的に使わない。この小説では,主人公は私。書き手の私と下巻の先生の私との区別がつかなくなる。なぜかというと,これは混同させようとしているのではないか。
 ボクは小説家なので,ある秘密を書こうとした場合,冒頭にしかける。
 頭文字というのは何かの秘密にします。
 会ったことがあるというのも何かの暗号なんです。従来の解説には一切でていません。 一旦違和感をクリアして論理的に読もうとする。それでも何か"へっ"というような感じがある。「こころ」のように日本を代表する文学作品においてでも常識が通用しないんです。
 ボクの解釈をお話ししましょうか。松本さんと同じです。
 頭文字については,諸説あります。
 会ったことがありませんかについては,松本説では「会ったことはある」んです。私というのは先生の若い時。つまり先生の過去の自分である。一種の論理的な過去です。先生は自分と同じような人間に会うとその人に会ったことがあるような気がする。
 この小説は「過去の自分に会った先生が,まだ無垢な自分の過去を再発見して自殺する話」。だから海岸で会ったときに会ったことがあるような気がする。実際に読むとこの解釈は筋がとおる。これは,一般的な「こころ」の解釈には出てこない解釈です。しかし,小説やフィクションの論理だと非常にすっきりとあてはまる。違和感を説明するためには,これしかないという解釈です。

 「こころ」というような日本を代表する作品においてすら作者の意図がわからないとしたら,ぼく等はどれだけ誤読をしていることか。誤読の上に成り立っている小説観があって,その上に成り立っている文学観がある。それが伝わっていった時に,どれだけ多くの偏向や過ちがでてくるか,それを防ぐためには,ぼく等は現場で一人一人が自分の身でするしかない。
 作家を作るという話なんですが,作家は実はそういう作業をすることによってしか生まれないのではないかと思っています。
 今後国語の教師のみなさん方には,「こころ」の感想文にこのような質問をぶつけてみてはいかがでしょうか。



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