映画「この世界の片隅に」片渕監督に独占インタビュー![前編]

2016年12月9日

映画「この世界の片隅に」片渕須直監督

戦時中の江波に生まれ、呉に嫁いだ女性が、戦禍の中でも懸命に生きる姿を描いたこうの史代さんの漫画が原作のアニメーション映画「この世界の片隅に」。 観客動員は平成28年12月8日時点で36万人を超え、上映劇場も拡大中。 今、日本中に感動の声が広がっています。 「大ヒット御礼全国挨拶行脚」で来広中の片渕須直監督を広島市中区の八丁座に訪ね、お話を伺いました。 その内容を、二週にわたってお届けします。

監督、本日はお忙しい中、ありがとうございます。今日はどちらから広島へ?

片渕監督 呉からです。呉で舞台挨拶をして来ました。

お客様の反応はいかがでしたか?

片渕監督 地元の方がたくさん来てくださっていて、普段自分が住んでいる近所の風景が映画の中に登場して、なおかつ、そこに今ではない時代の時間が流れていたり、ご自身のお母さんやおばあさんの子供のころ、若いころの様子を垣間見ることができたりしたと言っていただきました。 もうひとつ、東京や愛知、愛媛などから映画の舞台がどんなところかを見に来たら、たまたま僕が舞台挨拶をするということで、また映画を見に来られたという方もいらっしゃいました。 色んなところから来ていただいた方と巡り合うご縁ができました。

映画の大ヒットを受けて、全国各地を飛び回っていらっしゃるとお聞きました。

片渕監督 本当にたくさんの方にこの映画を見ていただけて嬉しく思っているので、できるだけ皆さんのご要望にお応えしたいと思って全国を巡っています。 そういえば、「この世界の片隅に」を映画祭で上映していただけるということで新千歳の映画祭に行った際、空港に降りた途端に『ファイターズ優勝おめでとう』と書いてあるのを見て「なにを!?」と思ってしまったんですよ。

すっかり広島を愛してくださっているんですね!

片渕監督 いつの間にか「カープが日本一になったらいいな」と思うようになっている自分に驚きました。 自分の人生の10分の1をこの作品に費やしていて、それを通じて呉や広島が、本当に自分の第二のふるさとになっていると思います。 思い出してみると、桜が咲いているときには、いつも平和記念公園で桜を見ています。 4月くらいの自分の写真を見ると、必ずあそこで桜と写っているんです。 いろんな季節に来させていただいて、こちらに家はないのですが、本当に自分の住んでいるエリアの延長のように感じています。

映画「この世界の片隅に」片渕須直監督

映画の中で、呉や広島の町並みが忠実に再現されていたことに驚きました。

片渕監督 支援者の方々に当時の写真をたくさん見せていただきました。 その写真を持ち帰って地図の上で、この写真はどこなのかと照らし合わせ、だいたいの地理が分かったところで広島、呉を訪れました。 街なかで、この写真に写っているお店からこの写真に写っているお店まで歩くとどれくらいの距離感かなとか、そこでこんな風に山が見えるんだなとか、そういうことを自分で体感しに来たことが多かったです。 事前に調べ尽くして、その後はそれを確かめたり、体感して味わうということが多かったような気がします。 それはなぜかというと、主人公のすずさんは江波の出身で、全然知らない呉にいきなりお嫁に来て、その呉が自分の土地になっていくまでの物語であるような気がしていて、僕も東京から来て、広島には以前一度来たことがありましたが、呉に関しては映画を作ることになって初めて行った場所でした。 初めて行った場所が、自分が住んでいるところのように感じられるところにまでなりたいと思ったんです。 毎月来て、徐々に徐々に馴染ませていって、呉が自分の田舎、第二のふるさとのように思うくらいになりました。

初めて広島に来られたのはいつのことですか?

片渕監督 前に作った「マイマイ新子と千年の魔法」という映画をサロンシネマさんが鷹野橋にあった頃に上映していただいて、そのときに来たのが一度目です。 二度目は、「この世界の片隅に」をやるぞと思ったときで、たまたま廿日市で「この世界の片隅に」と「夕凪の街 桜の国」のこうの史代さんの原画展をやっていて、それを見に来ました。 その次は最初のロケハン。 そうすると2010年に来て、2011年に来て、それから5年間の制作作業がヤマ場になったところだけは何か月間か来られなかったのですが、それ以外にはしょっちゅう広島や呉には来ていました。 広島に来るときも呉に来るときも、新幹線で来る場合もあるし、自分たちの車で来る場合もあるし、一度一人で運転して来たこともありました。 来るときは京都で1泊して、帰りはノンストップ。 やはり、来た上であちこち見て回ろうと思っていました。

映画「この世界の片隅に」片渕須直監督

来るたびに新しい発見があるんですか?

片渕監督 呉で言うと、いろんな時代の写真を見ました。 例えば、昭和の初期の商店街にこんなお店があって、同じお店が戦後の焼け跡にもお店を出している。 そのお店の同じ看板、同じ屋号の看板が同じ場所に今あったときには感動しました。 そうやって時代が流れても、移ろっていっても、何も変わらないものがあるんだなと感じました。 遠い昔のように思えるものが、今、自分のいる場所につながっているということを実感しました。 それでいうと、広島市内は、中島本町辺りは古いものがほとんど残っていないような気がするのですが、それでもいくつか時々発見したりすると、自分でも不思議ですが、嬉しくなったりしました。

呉・広島に「この世界の片隅に」を支援する会ができたと伺いました。

片渕監督 作家のくぼひでき先生がもともと呉のご出身で、支援する会のメンバーとしてご支援いただいています。 出来上がった映画をスクリーンで見るだけでなく、体感するために街なかを歩いてみようとか、一緒に楽しもうというご支援だと思っていて、これからも色々なことをもっとやっていこうと思っています。

もともと映画が出来上がるまでにずいぶん時間があったので、作っている途中から、原作の漫画の舞台巡りみたいなことを前々から何回かやっていました。 そのときにご支援いただいた方も支援する会のメンバーに加わっていただいています。 呉や広島をみんなで歩くことを映画を作る前から繰り返していて、そこでは、県内の方だけでなく、もっとたくさん、あちこちの方に来ていただき、歩いていただきました。 参加者の皆さんは原作を核にして歩いてイメージを膨らませていかれるので、「ここはあれだよね」と言いながら、さらに周りのことにも触れて、皆さんにとっても、よく知っている場所になっていっているという感じでした。

取材協力/八丁座(広島市中区胡町6-26 福屋八丁堀本店8階 TEL:082-546-1158)

映画「この世界の片隅に」ポスター

「この世界の片隅に」公式サイト

後編に続く (12/16公開)

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