月刊こちら広報課 2016年10月号

今月のよくばりさん

呉市 松浦 宣洋さん

今月のよくばりさん 松浦宣洋さん
「藻塩の会」製塩体験のお手伝い

先人の知恵が詰まった“藻塩”は郷土の誇り

来生寺の住職を務める傍ら、「藻塩の会」の代表として活動しています。 温暖な気候に恵まれた瀬戸内は、平安時代から塩田を使った製塩が盛んな地域ですが、蒲刈町ではそれよりずっと昔の古墳時代前期の土器製塩遺跡が発掘されていて、日本の塩づくりの原点とも呼べる『藻塩焼き』が行われていたことが分かっています。
「藻塩の会」の仕事の一つに製塩体験のお手伝いがあります。 修学旅行や夏休みの自由研究など、年間約5,000人、古代製塩遺跡復元展示館には約10,000人の来場者があるんですよ。 完成した藻塩は蒸かしたジャガイモにつけて試食してもらうのですが、「塩だけ舐めていたい」と言ってくれる子もいます (笑)。 和食やイタリアン、フレンチの有名シェフにも愛用者が多い蒲刈町の藻塩は、世界に発信できる“郷土の誇り”だと思います。

今月のよくばりさん 松浦宣洋さん

受け継いだのは「製塩法」と「不屈の精神」

「藻塩の会」は平成元年に設立され、私の父が初代代表を務め、平成25年に父が亡くなってからは私が後を継いでいます。 蒲刈町の文化財保護委員長を務めていた父は、考古学が好きで、沖浦遺跡で製塩土器を発見しました。また県民の浜造成工事中に製塩遺跡を発見し、製塩法の研究に情熱を注ぎました。 しかし、文献が少なかったため解明までの道のりは険しく、10年以上もの歳月を費やしました。 製塩法を突き止めた後は、製塩を通じた地域おこしにも尽力。天皇陛下より旭日単光章をいただき、官公庁からは「観光カリスマ」に認定されるなど、藻塩に人生を捧げた人でした。
父はパソコンが出来なかったので、いつも私が資料の整理や論文の清書をさせられていました。 その資料の多さに、正直うんざりしたことも(笑)。 でも、失敗しても諦めずに研究を続ける父の姿を見て、物事を簡単に諦めてはいけないと教わりました。 山あり谷ありでも、努力はきっと報われる。今はそう感じています。

製塩土器でつくった藻塩

よくばり=みんなの喜ぶ顔

古代の藻塩づくりは、汲み上げた海水にホンダワラという海藻を浸して乾燥させ、再び海水に浸して乾燥させるという工程を繰り返すことで、塩分濃度を高めたかん水を作り、土器で煮詰めて塩を採るという、まさに『手塩にかける』という言葉にふさわしい丹念な作業。 現在でも、製造工程のほとんどは手作業です。 それでも、「おいしい」と言って喜んでくださるのが何より嬉しい。 私にとって『欲張りなライフスタイル』を実感できるひとときです。
これからは、藻塩で雇用を生み出せるような仕組みを作り、蒲刈町を出た若い人たちが帰ってきたくなるような、魅力ある地域にしていきたいです。

製塩土器による古代の藻塩づくり

製塩土器による古代の藻塩づくり

古代製塩遺跡復元展示館

古代製塩遺跡復元展示館

来生寺住職 松浦宣洋さん

本職は来生寺の住職

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